FC2ブログ

秀吉の船の座礁と毛利秀元・いい話

2009年05月15日 00:07

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 00:52:56 ID:nVeAzhQX
文禄元年、毛利秀元は朝鮮に渡海するために航行していた。
航行中に船長が座礁している船を発見した。その船を見た秀元は
我が眼を疑った。

「な、なぜ太閤殿下の船がこんな所に!?」なんとそれは豊臣秀吉の船
だった。よく見ると、裸のまま手に刀をぶら下げた秀吉が岩に乗っていた。

「太閤殿下、毛利秀元です!」秀元は名を名乗って秀吉を自分の船に
招いた。そして船頭は厳しい追求のうえで誅殺した。

秀吉は危篤の母・大政所に会うために急いでいた道中で遭難したのである。
結局、大政所は亡くなったが、その後に秀元が正四位下となり、豊臣姓を
授けられたのはこの時のお礼なのかもしれない。

関連
水手(かこ)切りと厚藤四郎


586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 08:07:26 ID:pMMSnyEC
>>583
しかし秀吉が船で出るときなんて、ある程度船団組んで出港しそうなものだが、
そう言うわけでも無いのかね?

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 09:15:56 ID:Wi6V9mSJ
急いでたってこともあるんじゃないの?

瀬戸内海賊の捨て身の一矢だったら面白いんだけどね
単なる注意不足の座礁だっけか?

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 10:09:22 ID:+Bf5T6Hh
>>583
秀吉が関門海峡で海難事故で危うかった、というのは
このことですか?
たまたま毛利家がここを通った折りのことなんでしょうか。

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/14(木) 17:54:53 ID:It19W91Q
>>583
その話ほんまかいなw まあ母が危篤で急ぎすぎて座礁したとかありえそうだけど

スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    オレ、この事件の地の出身なんだけど
    この話を地元でしたらウソツキ呼ばわりを受けたんだ(´・ω・`)

  2. 人間七七四年 | URL | -

    いやいや、九州の地元でもラスボス殿下の逸話はあまり伝わっていない印象あります。
    博多再建の大功労者なんですけどねえ。

  3. ふぐ刺し | URL | mQop/nM.

    地名であるじゃん

    関門海峡で座礁した責任をとらされた船頭の首を斬って晒した下関市彦島田の首って地名かなり有名な実話

  4. 彦島出身 | URL | -

    田の首は亀首の訛り説が有力みたいですよ。
    船長の明石与次兵衛が責任とって船と一緒に沈んだと伝えられてた浅瀬は巌流島近くで、田の首よりは江の浦に近いし
    (この与次兵衛が瀬は大正時代に航路を広げるため6年かけて破砕処理されてます)

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/2043-6190b3d4
この記事へのトラックバック