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加藤清正と小西行長、人気の理由、不人気の理由・いい話

2009年05月29日 00:18

19 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/05/27(水) 23:33:38 ID:3I0nIrso
人気の理由、不人気の理由

肥後半国を治めていた行長。彼の南肥後での人気は現在イマイチです。


南肥後にはキリシタンが続々と集い、南蛮の技術を取り入れた宇土(行長拠点)は
大いに発展していきました。
しかし行長、やってはならぬ事をやってしまいます。

それは寺神社の破壊です。某お隣の大名もやらかしてましたが…。

インテリのキリシタンの人々ならまだしもこの行為は一般人から見れば狂気の沙汰。
いつか神罰が下ると。

その後、小西家滅亡後南に入ってきた清正。
「(´・ω・`)ぶち壊されたり焼き討ちにされた神社寺は復興するよ!皆協力してね!」

っと神社寺の建て替え、河川整備、熊本城築城など莫大な予算を公共事業につぎ込み、
民達に仕事を与えました。
清正は民に金払いがよく、民達に不平不満を溜めさせない用気配りし各地の工事を進めていきました。

この用な丁寧で公平な対応、また神仏の再興などが後の清正の地場での根強い人気、
神格化へと繋がっていきます。
一方行長はバチがあたったなど評され神社を再興し神となった清正と大きく
差をあけられてしまいましたとさ…







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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    そしてその後に入った細川家の金に関するエピソードをみると、
    今でもせいしょこさんが人気ある理由が伺えるな

  2. 名無しさん@お腹いっぱい。 | URL | -

    話題になってる某お隣の大名さんのところにも清正さんが建てた寺あるんだよなぁ

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