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佐々成政、謙信由来の脇差を・悪い話

2009年06月07日 00:00

79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/06(土) 02:07:42 ID:9ifeAUDT
佐々成政が越中を支配していた頃の事である。

越中の阿保と言う所に、菊池入道と言う者がいた。彼は、元は上杉に属し、
今は佐々に従い、息子を成政の傍に人質として置き、成政が居城にしていた外山に
常に出仕していた。

ある時外山にて酒宴が行われ、成政は興に乗じて、彼がいつも自慢にしていた
ナマズの盃を取り出し、これを菊池入道に差し出した。
入道、これを頂き三度傾け成政に返した。

そこで入道、自分の脇差を差し出し「これはかつて、上杉謙信公より頂いた物であります。
どうぞこれをお納めあって、謙信公にあやかりますよう…」

これを聞いたとたん成政は激怒した。

「何をあやかれと言うのだ!謙信の武勇など、何ほどのことがある!」

そうしてその脇差を投げ捨てた。入道はあわてて、

「ぶ、武勇の事ではありません。
謙信公は九ヶ国の管領になられました。その果報にあやかるようにということです。
この入道は歳ゆえ耄碌してしまい、酒に酔っ払ってもしまったようです。
この脇差はどうぞ、お傍の小姓の方に差し上げてください。」

と、酌をしていた小姓に渡した。
これに成政の機嫌は直り、「小姓があやかるには丁度よいものだ。」と、
笑って言ったそうである。

気宇壮大というべきか、思い上がっているというべきか。
そんな、佐々成政のおそらく絶頂期の頃のお話。





80 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/06(土) 02:26:03 ID:4r3SsSBo
>>79
末路を知ってるだけに哀れな話だね

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/06(土) 17:10:25 ID:AaxVXT0A
>>79
結局この後に菊池氏は前田利家に寝返って末森城の合戦につながるんだっけ。
成政にとっては大変悪い話。


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