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畠山義就の上洛に・悪い話

2009年06月12日 00:05

218 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 22:06:23 ID:vHUDeOqg
応仁の乱、直前の事である。

かねて政長と畠山家の家督を争っていた畠山右衛門佐義就は、文正元年(1466)、
大和、河内の軍勢を率い、ついに上洛を果たした。
五千余騎の軍制にて千本地蔵堂に陣を敷くと、直ちに山名宗全の許に行き

「この度私が上洛を果たせたのは、ひとえにあなたの援助のおかげです。」

と、頭を下げ、宗全も、あなたの上洛は私にとっても大慶ですと、これを賀して
通夜の酒宴を開いた。

その朝、義就が陣を置いた地蔵堂の門の扉に、何者かが落首を残していった

『右衛門佐 いただくものが 二つある
          山名のあしと 御所のさかづき』


京都人はこの当時も、強烈な皮肉が大好きなのだ。




224 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/12(金) 00:19:06 ID:mRFVwe3h

>>218
山名のあし、の意味がわからん。

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/12(金) 00:29:48 ID:CWNU5gZ4
>>224
山名の足をいただくってのは、山名の足元に平伏するってことだよ。
「恥も外聞もなく山名にぬかづいたおかげで、将軍と和解できて、名誉と身分が回復してよかったね」
って事ですな。

228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/12(金) 00:43:57 ID:mRFVwe3h
>>226
なるほど、そういうことか。



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    聖人の足に接吻する図が思い浮かんだ

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