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丹羽長重の没落と大谷与兵衛・いい話

2009年06月18日 00:12

520 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/16(火) 23:29:00 ID:RGwtTNf7
西軍についた丹羽長重は、関ヶ原の戦いの結果、没落した。
これにより長重は漂白し、付き従ったのは大谷与兵衛一人であったと言う。

大谷は自分の馬に長重を乗せ、三尺手ぬぐいを切り裂いて轡を結ぶなど、懸命に世話を焼いた。
各地で落ち武者狩りが勃発したが、これをなだめすかし、あるいは夜を徹して逃げ、
ついに長重を上方へと送り届けた。

この時、長重は大谷に手を合わせて、「お前から受けた恩は決して忘れぬ。もし許され、
再び大名へと戻る事ができたなら、必ずその十分の一を与える!」
そう、約束した。

後、長重が1万石で召しだされた時、早速に大谷を呼び、千石を与えたと言う。

世の人々はこれに、「主君が上がり目の時は、誰でもそれに付き従うものだが、
落ち目を見届けた大谷与兵衛こそ真の忠義者である。」と、そのように言いそやしたそうである。







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コメント

  1. 赤とんぼ | URL | -

    与兵衛元秀さんの後日談 丹羽長重が改易となった時、与兵衛さんは結城秀康等から高禄で召しかかえるとの誘いを断り、丹羽家再興に努力した。大坂の役の前夜、与兵衛さんは他の四人の家臣達と竹筒に入った酒を飲み交わし丹羽家再興を誓い合った。そして与兵衛さんをはじめ五人が皆功名を上げてお家再興を成し遂げた。長重は与兵衛さんに千石の加増をしようとしたところ、与兵衛さんは「自分は年老いて役にたちません。この所領は若き有能な人材に与えて下さい」と固辞したそうです。格好いい話しですね。

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