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正信のたぬき寝入り・いい話

2009年06月19日 00:10

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/17(水) 21:55:00 ID:5fyj0CMd
本多佐渡守が軍議に出席している時に気に入らない意見が
出ることがある。こういう時に佐渡守は「おっといかんいかん。
うっかり眠ってしまいました。で、なんですか?」と家康だろうが
徳川四天王の意見だろうが聞いてないふりをした。そして自分も
賛成する意見の場合は「おお!それは名案ですな。流石○○殿、
頭が下がります」これでもかと誉めちぎった。このことを人々は
「正信のたぬき寝入り」と呼んでいたそうだ。




544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/17(水) 22:37:12 ID:vKdMXfzQ
>>543
上の方で正信と三成は気が合いそうって書き込みがあったけど、
三成にはこういう、抜け抜けとした腹芸は出来ないだろうし、やろうとも思わないだろうねw

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/17(水) 23:01:14 ID:Fvb17gRv
>>544
そこが苦労した人間とそうでない人間の差かと

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/17(水) 23:35:51 ID:zmkvLihp
年齢から学ぶものもあったろうね。
三成は死んだときやっと40の入り口、ばりばり仕事してたのは少壮気鋭の30代。
秀吉があんな馬鹿な死に方(成人した甥を族滅して幼児を遺す)しなけりゃ、
どんな風に年取ってたのか考えると面白いな。

サドの神も若い頃一揆を仕切ってた頃は、もっとずっと角の立った性格だったんじゃ
ないかと想像するw

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/17(水) 23:57:20 ID:ub8f7C17
息子の正純の方は実際結構石田と仲いいしな
正純ももう少し親父くらいに器用ならあんなことにならなかったろうに

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/18(木) 05:14:14 ID:xkZjlm8J
天と地とでの宇佐美がそんな風に書かれてたなあ


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