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島津日新斎と貴久、死者を弔う歌

2009年06月29日 00:14

848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 01:51:59 ID:4QYQHro9
>>776を見てて、島津日新斎と貴久もそういう句を読んでるのを思い出した。
芳春院さんほど凄いものではないけど、一応上げとく。


永禄九年(1566年)に島津義久、義弘、歳久兄弟は、伊東家が建設中の
小林城を攻め取ろうとしたが苦戦、なんとか城を焼き本丸を残すのみとなったが
ここで伊東軍の援軍が現れ、義弘が大怪我したことにより島津軍が撤退して戦いは
終結したのだが、小林城の内堀と外堀が双方の軍の将兵の死体で埋まるほどの
大激戦となった。
そこで、日新斎と貴久は双方の死者を弔うため「南無阿弥陀佛」が冠された和歌を
発句していている。


●日新斎

南: 何事も 何事もみな 南無阿弥陀仏 なほ討死は 名をあぐるかな

無: 無益にも むつかしき世に うば玉の 昔のやみの 報いはるらん

阿: あしき世に あらゆる物も あしなれば あからさまには あらじ身のはて

弥: 南には 彌陀観音の 御座なれば 身まかる時も 御名を唱えよ

陀: 誰にかも 誰ぞと問わん 誰しかも 誰かは獨り 誰かのこらん

佛: ふつふつと ふつと世も身も ふつきりに ふつとくやしく ふつと悲しも


●貴久

南: 名を重く おもふ心の 一筋に 捨てしや輕き 命なりけり

無: むらむらに しぐるる今日の 柴よりも 昨日の夢ぞ はかなかりける

阿: ありはてぬ 此の世の中に 先立つを 歎くぞ人の 迷なりける

弥: 水のあわの あはれに消えし 跡とてや 折々ぬるる 袂なりけり

陀: 立ちそえる 面影のみや なき人の 忘れがたみと 残し置きけん

佛: 佛ます 世をいづくとや たづぬらん 呼べば答ふる 山ひこの聲


この二人が同時にこのような発句をした例は他になく、相当の死傷者が
出たものと考えられる。(ちなみに木崎原合戦の頃は二人とも既に他界)





850 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/28(日) 04:24:00 ID:7LLTIife
>>848
むかし、"かきつばた"だけでもすげーとおもったが、島津親子もまけてねーな…

862 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/06/28(日) 18:06:19 ID:kN1VwwvQ
>>848
日新斎の句は北条と同じく全部南無阿弥陀仏になるようになっている。

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 19:27:27 ID:0x71UH0T
>>862
ちょっと反則気味だけどね

893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/29(月) 14:23:31 ID:74WCYhKH
>>848
爺ちゃん手抜きだろw


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