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少年島津忠良、「日新柱」

2009年07月21日 00:07

649 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/20(月) 21:58:30 ID:wNSSNORj
島津忠良の父、善久は横死、祖父の久逸は戦死したため
一児の母である常盤が伊作島津家の当主となった
しかし政務の傍ら大事なひとり息子の忠良を養育していくのは容易ではない
そこで忠良を海蔵院の頼増という僧に預ける事にした

が、良家の子息らしくお寺でおとなしくしているかと思いきや
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1501.html
の話がら見て取れるように幼年時の忠良はまさに悪童であった

その日、忠良は勉強をサボった(水泳に夢中になるあまり寺に帰らなかった?)
今回は上記の話のように頼増が感心することなく
始末に困った頼増は忠良を柱に縛り付け罰した
その話を聞いた常盤、「それはそれは良き師を得たものだ…」
と涙ながらに喜んだという

…常盤は自分の息子を相当持てあましていたのだろうか?

忠良が縛られたこの柱は寺と共に一時消失したものの
寺が再建された時に縛られた位置にあった柱を日新柱と称する事にした
歴代藩主はこの柱に接して修養の戒めにしたという

現代では日新柱は伊作小学校で教育の戒めとして飾られ
町指定の文化財となっているようだ

伊作小学校のよい子のみんなは学級崩壊なんて起こさないように
柱に縛り付けられたり薙刀振り回した坊さんが追いかけてきたりするかも知れないぜ?




651 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/20(月) 22:03:37 ID:Hrd0SFNW
>>649
間違いなく持て余してます。本当にry


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    悪ガキだった頃の苦めの思い出が
    400年の後まで語り継がれるとはw
    しかも自分の子孫達はそれを戒めにと拝んでるしw

    俺だったらちょっと勘弁だな

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