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佐竹義重、采配を取り落として

2009年07月28日 00:03

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/27(月) 00:12:15 ID:eEED+PEF
天正4年(1576)8月、佐竹義重は三春城主・田村清顕の要請を受け、白河義親を攻めた。
ところが9月になって清顕が裏切り、22日の夜半に義重は白河と田村の挟み撃ちにあった。

思わぬ夜襲に佐竹の兵は右往左往するばかりだったが、義重は床机に腰掛け、冷静に
采配を振るい続けた。
しかし、一度乱れ散った隊列が闇夜で整うはずもなく、ついに義重の本陣にまで矢弾が
飛んでくるに及んで、動かぬ義重を近習がムリヤリ馬に乗せて退却を図った。
この時、義重は近習と押し合ったはずみで采配を取り落としてしまった。

「いかん、拾って来い!」
義重の命により落ちた采配を探したが、夜のうえに雨まで降ってきて、見つけることが
できない。敵はいよいよ迫り、義重の馬丁まで銃弾に倒れた。
「殿、旗本も討たれております!采配などあきらめ、早くお逃げを!」
しかし義重、少しもあわてず答えた。
「勝敗は兵家の常だ!ここであわてて采配を失くしては、オレは二度と佐竹の家で
采配を振るうことが出来ぬわ!」

「殿!ありましたぞ!」一歩も退かぬ義重を見て、重臣の川井大学が偽って別の采配を渡し
義重の馬の口を取った。
「お馬の口に侍りしは、川井大学と知り給えぃ!」
川井の芝居がかった言い方に義重も苦笑し、ようやく退却を始めた。
が、途中で小川を見て立ち止まった。
「こんな泥まみれの馬に乗って、もし追いつかれて討ち死にすれば、『義重は慌てたり』
と笑われよう。」
そう言って、川の流れで馬を洗った。

この戦、当然義重の負け戦となったが、関東奥州の諸将は
「合戦は時の運によるもので、義重が采配を拾ったのは、源義経の弓流しの故事と
同じである。」と言い、義重を褒めた。




859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/27(月) 01:28:09 ID:tfyM2Q+u
水戸の光圀さんに言わせりゃ悪い話にもなりかねん。
でも、俺はいい話だと思うよ。

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/27(月) 09:49:14 ID:vDt6n78F
>>858
一方、織田信長は「大将たる自分が討たれたら戦は終わりだろjk」とばかりに一目散に逃げていた

どっちも武士らしいと思うけどね

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/27(月) 10:19:25 ID:1sQDM9Qv
>858剛毅だなあ鬼義重の人……

>>862
まぐれ当たりでも何でも、今川義元を戦場で討って織田が生き延びた実感があったんだろうね


865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/27(月) 11:13:41 ID:1oW14Ut1
信長は型の外れた大将だから、真っ先に逃げても評判が落ちないという利点があるよな。
佐竹みたいな古い大将は逃げたくても真っ先に逃げるわけに行かないし。


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