FC2ブログ

三好長慶、飯盛城での連歌の会にて

2009年08月05日 02:06

78 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/04(火) 12:37:35 ID:zyBpZBen
ちょっと悲しくなるお話

三好長慶は飯盛城で連歌の会をひらいていた
その会の最中、誰かが
「すすきにまじる芦の一むら」
と詠んだのだが、これになかなか後をつけられるものがいなかった
すると長慶がおもむろに
「古沼の浅きかたより野となりて」
と詠んだ
これは絶賛された
誰もがその歌に隠された長慶の思いを汲んだ
すすきにまじる芦の一むらのようなすでに場違いな存在の己は
やがて全てが芦の野となりゆく世におるのだ
長慶はそう詠んだのだ

永禄4年十河一存が、
そしてこの年三好義賢が、
さらにこれから先には三好義興が、
長慶の前から消えていき
三好の実権は梟雄の手に渡っていった
そんな永禄五年の三月の話である


関連
安宅冬康は常に連歌を好んだ人だった


81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/04(火) 12:59:54 ID:XWsY+65J
>>78
己が没落して行く運命を見事に描写した素晴らしい歌だ!

って絶賛されてもなぁ・・・

83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/04(火) 18:15:17 ID:udyLFffK
>>78
句が逆じゃね?

84 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/04(火) 18:37:44 ID:oBSuYTot
>>83
連歌のやり方でいえば、あれで正解。

86 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/04(火) 19:12:20 ID:XCU4JVEn
>>78
>>81
松永長頼の兄「流石は我が殿。風流人ですなぁ」


257 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/09(日) 22:45:29 ID:cHKaIyh0
亀レスだが
>>78
この話、いい話系のとして流布されている場合もあるから注意

つまり、この連歌の会がちょうど久米田の合戦(義賢が戦死した)と同時期に開かれており、
上の句が詠まれる→義賢戦死のほうが届く→長慶泰然として下の句をつける
→連歌の会参加者に「弟死にましたから、今から出陣します」→大勝利
という風になる。

いじょう、堺在住の三好家のライトマニアからの報告でした。

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 09:25:57 ID:FhAYe+Aa
>>257内心、発狂寸前かもしらんがそういう話の流れだと長慶……剛毅やね



スポンサーサイト





コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/2569-4b99d0f0
    この記事へのトラックバック