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渡辺勘兵衛と郡山の国人達

2009年08月27日 00:03

718 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/26(水) 11:36:05 ID:JwsH44NR
中村一氏には六人の家老があり、その六人とも、三千石の扶持を与えられていた。
そのうちの一人に、渡辺勘兵衛がいた。

小田原の陣のあと、関東に転封された徳川家康に代わり、駿河は一氏に与えられた。
このとき一氏は六人の家老を平等に六千石に加増したが、勘兵衛はそれに猛烈に噛み付いた。

「私の小田原陣の時の働きは、、秀吉公から直々に、一万石相当のものであると言われました!
それが私ほど働いてもいない、他の五人と同じとは、納得できませぬ!」

と、憤りのあまりそのまま中村家を出奔、高野山に登ってしまったそうだ。

その後勘兵衛は、増田長盛に仕える。
そして関ヶ原の時、勘兵衛は増田家の居城、郡山城を預かっていた。

この時郡山の国人や地侍達が、「増田殿より銀子を頂けなければ、城の防衛に協力しない」と
言ってきた。留守居の者たちは皆、彼らの望み通りに銀子を与えるべきだといったが、
勘兵衛一人がこれに反対した

「殿がお留守であり、殿の仰せ付けのないままに城内の銀子を取り出すことは出来ませぬ。
それにこのような時に汚い欲を出すような者共、協力しないというならかえって好都合。
そのような不義の連中はいり申さぬ!」

留守居の者達もこれに同意したとの事。

勘兵衛さんの考えでは違うのだろうが、傍から見ると、自分の欲には正直だが、
他人の欲には厳しい人だな。というお話w





719 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/26(水) 12:46:59 ID:QQTFDkLr
労働に対する正当な評価を要求するというところか

720 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/26(水) 13:02:17 ID:QUFYOdAd
働いた後の報償と、働く前の前借りとでは話が別だと思う。
あんなに働いたのにこれっぽっちかよ!
というのと
金くれりゃ働いてやんよ!
というのでは比較する対象にはならないのでは?
個人的には勘ベエの頑固ないい話。


721 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/26(水) 13:17:30 ID:tMf93AFD
いや、事前報酬というだけではなく、そのもらった銀子で足軽を雇うためにいるんじゃないのか…?


722 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/26(水) 13:21:24 ID:PlR9NMNw
一人の武士としては良い話だと思うけど、大将の器じゃないな。
黒官みたいに前払いの二重取りも笑って許すくらいの器量がないとな。
その点、家康の求めに応じて誓紙を出さなかった花房さんと同レベル。


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