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島津義弘は朝鮮の役で敵味方の区別無く弔いました。

2009年08月31日 00:16

870 名前:名無しさん@そうだ選挙に行こう[sage] 投稿日:2009/08/30(日) 15:52:26 ID:n2KjxK+Y
>>861

残った、続いた、と言うのとは少し違いますが…

島津義弘は朝鮮の役で敵味方の区別無く弔いました。
また、帰国後には高野山に『敵味方供養碑』なるものを建てています。
これは島津忠良が薩摩統一の折に加世田に六地蔵塔(日新公敵味方供養碑)を建てたことに
影響を受けたものと言われています。

時を経て昭和二十八年十二月二五日、鹿児島市中央公園に
『第二次世界大戦敵味方戦亡者供養碑』が
敵味方二千数百万の戦没者を弔うために建てられました。
これは高野山の『敵味方供養碑』と全く同じ大きさ、同じ形をしており
『義弘公が高野山供養碑を建てた精神に基いて建立した』と言う由来が
当時の鹿児島市長、勝目清氏によって石碑の傍らに記されています。






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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | vQU5PwVA

    鹿児島の人間ですが、義弘の供養碑の話
    とある韓国人物書きの手にかかれば
    「義弘は怨霊や祟りを信じていたから自分に災難がふりかからないように建てたんだ。
    美談なんかではない。迷信にとらわれた臆病者だ。」 となるようです。

    これみた時、
    『あぁそういう見方もできるよね。
    人間って自分の器量以上の見方ってなかなか認められないから
    そういう結論出す人がいてもおかしくないか。』と思ったもんだ。






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