FC2ブログ

伊東義祐の遣わした間者と藤元彦六左衛門

2009年09月04日 00:06

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/03(木) 17:33:28 ID:spqYPZhA
木崎原合戦の少し前、伊東義祐は島津義弘が治める飯野領を奪うために、
その地へ間者を一人遣わし内偵調査を行わせることにした。

命を受けた間者、義祐の密書を携え早速に飯野へと出向く。
飯野は元々北原氏の領地で、義祐の謀略で一時は伊東領となっていたが、
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1833.html#
↑こんなこともあって、今は島津氏の領地である。

島津に帰して間もない飯野の地であるから侵入は容易であると思われた。
とはいえ所詮は余所者である。不用意なままでは正体が発覚しかねない。
そこで間者はあるアイデアを思いつく。
飯野に宮原死苦村という皮膚病患者たちの住まう村があるのだが、そこへ
流れ者の皮膚病患者のフリをして入り込もうと考えたのである。
死苦村の死苦とは「夙」、つまり物乞いを意味する。この村の人々は
他の村落から穢れの対象として忌み嫌われまともな扱いを受けていなかった。
そのため、他の村の者らが訪れることもなく、怪しまれることも少なかろうと
考えたものであろう。
かくして間者は自分の皮膚に泥を塗りまくり、皮膚病患者になり済まして
その村に侵入、村長である藤元彦六左衛門の家に明朝には発つからと
一夜の宿を求めた。
彦六左衛門、怪しみつつもこれを了承する。

無事に飯野への侵入を果たせたわけだが、しかしその間者、そういった村ゆえに
まともな教育など受けていないということを忘れていたか、或いは所詮は穢れの
対象と村人を舐めていたものか、夜になって書を読む姿を彦六左衛門に曝してしまう。
明らかに怪しいと踏んだ彦六左衛門、間者が家を出るとその後をつけて
行動を盗み見た。
するとそのアホ間者、見られていることにも気付かず、道や里の遠近を測ったり、
地形の険しさを調査しているではないか。
結局そのバカ、バレバレの行動を曝したが為にアッサリと彦六左衛門に
殺害されてしまう。
このマヌケの首級は、その懐中から出てきた伊東義祐からの密書と共に
島津義弘に引き渡された。
彦六左衛門はその功で義弘から甲冑と百石の田を与えられるに至った。


義祐の派遣したお粗末な間者の悪い話。







スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    これを間者と言えるのか!マヌケすぐる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    患者を装ったら本物の患者に見破られたと。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >米2
    間者なだけに?

    しかし村人に追跡されて気付かないとか……
    仮にもプロなのに……

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ここのいろんな逸話を見てると、
    皮膚病患者たちの住まう村というのは表向きで
    実は島津家の間者の養成所かなんかかと思えてくる。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/2744-17fc8133
この記事へのトラックバック