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細川家をたらし込んだ美僧・宗圓

2009年09月06日 00:26

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/04(金) 23:00:40 ID:VFipWdfn
細川家をたらし込んだ美僧・宗圓

ある日の細川家一族会議でのこと
細川幽斎「と言った次第で蒲生家より浪人になった者がおるんだがどうするものか?」
玉甫紹「この者、武芸に秀で母は細川一門の出にある となれば我らの縁者である」
細川忠興「当家と蒲生家とのパイプ役となるべく、僧として当家で囲うのが良かろう」
宗圓は幼少の頃に忠興らと面識があり蒲生家に仕えるまでは細川家と親しかった。

宗圓の美しさは世間に知れており、「宗圓たんハァハァ… まるで美女のようなお姿…」
忠興の命を破り度々仏寺に出入りする下臣らを忠興は叱咤し時には切った。

禁じを破ったのが、他でもない忠興の父・細川幽斎に叔父・玉甫紹らであったからだ。
侍女や下臣ならまだしも親父達が文化人だからと称して宗圓を細川家に度々招くので
老若男女が一目見ようと訪れ細川家の風紀は乱れまくり忠興の悩みの種であった。

忠興「宗圓かつては公卿とも付合い上臈女房とも浮名が絶えず…最悪下手をすれば玉子とて…!」
若き頃から馴染みの宗圓を自ら処罰するべく風紀委員会・会長忠興ついに行動に出る!

忠興「(#゚Д゚)宗圓ちょっと出てこいやコラ!風紀委員会の者だコラ!」
   「(#゚Д゚)てめぇ人の姿に化けた九尾の狐だろ!ケツに九つの尻尾生えてるだろ
   正体あらわせ!」
宗圓「言いがかりにも程がござります…( ゚д゚ )あいにくそれがし女子に化けた者にあらず…」
忠興「(#゚Д゚)仏門に仕える癖に日頃から艶事絶えず、疑いが晴れるまで大徳寺にて謹慎処分とする!」

宗圓「ボソッ…(それがし元々大徳寺にて仏門に仕える者に御座います…それでは意味がまったく…
   それ以前に忠興殿なんでそんな回りくどい言い方を…?!)」

忠興「ボソボソ…(それは俺が一番判ってるよ!むしろお前の方が見世物扱いに
さぞ迷惑してるだろ… 
   それにお前の妹は豊臣秀長の養女 つまり大・和・大・納・言の愛娘なの!
   お前に下手な事したら細川家が豊臣家に睨まれてやばいの!察してくれよ!)」
宗圓「ははぁ!それがし、これより九尾の疑い晴らすため暫く謹慎(休養)させて頂く!(ウヒョー♪)」

この後に宗圓は豊臣秀長の養女・於岩の嫁ぎ先森家に行き森家の内外政を取り仕切る
今度ばかりは宗圓が森家の家柄にやられ森家の家臣に恥じぬヒャッハーな死に様であった。

宗圓死後、大徳寺で葬儀の際細川家から送られた法語「ある時は、太平の曲を唱い、花に座し、
月に酔い、ある時は三尺の剣を引っさげて去往自在、ことの逆と順を商量すべくもない青年」
この葬儀は他でもない忠興が和尚である叔父と共に取り行ってくれたのだ。

細川の美僧・宗圓「名古屋山三郎ノ墓 本名:織田九右衛門」として細川の地で今も眠る。





32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/04(金) 23:36:42 ID:PJsaOrvm
森家は問題のある人たちの隔離所か何かか

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/04(金) 23:38:56 ID:QUUPx7t8
しかしまぁどんだけイケメンだったのやら

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/04(金) 23:46:09 ID:ASuz0ptw

>>31
それの一番良い話 極楽の世でくらい静かに眠れるよう
名古屋山三の死後、一般参拝者は墓に滅多に入れず
歴代和尚が400年間もの間安らかに眠らせてやった事

幕末どころか昭和の文化人まで墓があるのは凄いわ

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/05(土) 02:25:44 ID:VTiMjCx1
>>32
蒲生再生工場ならぬ森隔離施設かw

どこの武将にもありがちな話だが嫁於岩が輿入れする時
忠政は結納前に一目見たいと籠を覗きに行ったらしいぞ

ここまでは他の武将の輿入れ話とは何も変わらんが忠政の場合は
はるか格上の豊臣氏からの嫁…最悪縁談を蹴られたら流石にマズい…
と思った主君思いの家臣が死に物狂いで止めに入ったら
忠政はそんな優しい家臣達をぶっ倒して見に行ったと地元じゃ言われてるぜ

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/05(土) 02:38:11 ID:PPPyb2Js
忠政もその時バツイチだったはずなんだが落ち着きが無いなw

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/05(土) 03:03:53 ID:xAk4GIrD
>>33
細川贔屓だから俺は細川家で歌われた歌等でしか知らないけど氏郷時代に
有名になったらしいから蒲生家に詳しい人たちのがその容貌詳しいんじゃなかろうか
(資料が残ってたらの話だが)
>>34
歌舞伎生誕四百周年とかで初めて参拝出来たけどそういう経緯があったのか。

名古屋と同じ敷地に出雲の阿国の墓があるんだが俺にはそれがどうにも納得出来ん
ケチを付ける訳じゃないが、仮にいくら芸能人として細川家から支援を受けてたとしても
「織田一族の歴々の墓」と細川家にとってかなり重要な場所なのに出雲の阿国が
同じ敷地内で供養されてるは当時の風習からしたらあまりに不自然過ぎる。

しかも供養されてる人たちは生前に細川家と約束した織田氏の家族のものたち
でもちゃんと当時の資料から出雲の阿国の法名が残ってるから余計に判らん。
歌舞伎を知らんから判らんのだけど出雲の阿国も織田の血統だったりするんだろうか

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/05(土) 03:22:23 ID:VTiMjCx1
>>37
だがちょっと待ってほしい。

於岩は>>31にも出てる美男山三の実の妹 山三を小柄にして
更に女らしくさせて豊臣家で気品と教養を学んだ娘だ
バツイチ忠政と言え落ち着けと言うのが無理だったのかも知れぬw


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    でも於岩の容姿についての記録ってあんまり聞いたことがない
    兄妹でも似てなかったり、片方だけやたらできが良かったりするのがいるけど
    名古屋さんちもそうだったのかな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    四姉妹のうち金森出雲守に嫁いだ名古屋の姉は
    美しかったと聞くけど妹達はあんま聞かないね
    家が良いから確かに気品は良かったと思うが
    三男の山三郎はどこの家だろうが容姿褒められてるけど
    名古屋家の長男と次男はどうだったんだろうか

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