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浜松、布橋伝説

2009年09月10日 00:09

159 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/09(水) 16:41:32 ID:2c2/JmW6

布橋伝説

1573年の冬、三方ヶ原の合戦で武田軍に大敗した家康は、浜松城へ向け逃げ帰った。
浜松城で留守居していた酒井忠次は、武田軍の追撃をかわすため、浜松付近の犀ヶ崖で、
一計を案じた。
その計略とは、雪の降る中に白い布で犀ヶ崖に「偽物の橋」を架け、
付近で野営中だった武田軍を夜襲するというもの。
そして、徳川軍の夜襲でパニックに陥った武田軍を布橋に追い込んで、
崖に谷底へ追い落とし浜松城を包囲させるのを
諦めさせたという。

浜松市内の「布橋」の地名はこの伝説に由来する。





160 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/09(水) 17:03:44 ID:CJ3YaFqN
ほう、空城の計だけじゃなくちゃんと色々やってたのね

162 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/09(水) 19:53:50 ID:xDxuQe3Y
>>159
合戦由来の地名って結構多いな。三方ヶ原の合戦の敗走時に家康が小豆餅屋
で餅を食い逃げしたのが由来でその地区を小豆餅になった話とか。

163 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/09(水) 19:59:12 ID:xQsVskGX
>>162
やはり宣伝になるからでしょう
「ここは普通の村です」「ここはただの村です」「ここは小さな村です」
といわれるより
「ここは昔家康が~」の方が覚えがいい
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    私が村長です。

  2. 人間七七四年 | URL | -

     武蔵守のトコみたいに血腥い地名がぞろぞろ、より
    「小豆餅」「銭取」「布橋」とかの方が遥かにまし。
     三方原台地に切れ込んだ谷間、通称「犀ヶ崖」近くに
    武田方を誘導し、断崖があることを隠蔽するため、布を
    掛け渡し、その上に落ち葉や土砂を撒いて偽装、準備が
    整ったところで反転攻勢をかけ、底が抜けた崖に後退さ
    せた、ということらしい。
     ただ、崖下に折り重なって死んでいった武田方の将兵が
    蜂だかの形で怨霊となって地元民を難渋させた、という
    オチもついている。 

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