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頬切孫右衛門

2009年09月15日 00:07

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 19:43:56 ID:0D8apnLA
頬切孫右衛門

讃岐の上高野村に、孫右衛門という郷士が住んでいた。
彼は屈強な若者で、走れば馬より早く、また力も馬より強いと、地元では有名な青年
だったそうである。

さて、土佐の長宗我部の軍勢が高野城を攻めた時、名刹宝積院を焼き打ちにした。
これに高野城主香川右馬助は反撃、この香川の軍に孫右衛門もいた。

孫右衛門は長宗我部軍の騎馬武者が反撃に恐れて逃げようとしているのを見つけると、
その健脚ですかさず追いつき、馬の尾を掴んで引き止める。
武者はその反動にたまらず落馬した。

その武者の様子を見ると、おとなしく捕虜になる態であったので、孫右衛門は味方のほうに
振り返りはせ参じるよう叫んだ。
ところがこの時武者がにわかに刀を抜き、孫右衛門に討ちかかった。
孫右衛門は頬の辺りに深手を負ったが、このときも健脚を使ってその場を逃れた。
が、合戦後まもなく、この傷が元で亡くなった。

地元の人々は彼を「頬切孫右衛門」と呼んでその武勇をたたえ、墓石を立てて
長く冥福を祈ったそうである。


ところで四国の戦国ネタは無いかと、四国四県の戦国時代の民話なんかを少し調べてみたが、
高知以外は見事に『長宗我部が攻めてきてどうのこうの』って、長宗我部の侵略にまつわる
話ばっかりなのね。
土佐以外の四国の人たちにとって、長宗我部と戦いは、よっぽどの恐怖体験だったようで。




403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 20:12:37 ID:O4x7SguU
>>401
走る馬の尾を捕まえて反動で騎手落馬って…
相当のデブだな

404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 20:40:25 ID:ivxgyXVW
>>401
なつく前に秀吉の四国征伐があったせいかねー
俺ソガベって妖怪の名前だと思ってたわ小さい頃


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