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蒲生郷安、殉死を望む曾根孫四郎に

2009年09月17日 00:22

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 01:40:15 ID:CbcOPe67

文禄四年(1595)蒲生氏郷が死去したときの事。

蒲生家家臣、曾根孫四郎は、まだ幼少のときに父が死んだにもかかわらず、氏郷が
その本録をそのまま孫四郎に継がせてくれた事を、大いに恩に思っており、
氏郷の死に際し、殉死を心に決めていた。

が、親類や友人達がこれに気づき、彼を押しとどめ、刀脇差を取り上げ、孫四郎が
うかつな事をしないよう、見張りまでつけて監視させた。

ある夜、見張りが寝ているのを見た孫四郎は、この見張りの脇差を奪い、
そのままもろ肌脱いで腹に突き立てようとした。

この時は見張りの者が間一髪これに気づき、孫四郎に取り付いて脇差を奪い、
事無きを得た。

さて、氏郷亡き後、幼い秀行の補佐として、蒲生家を差配していたのは蒲生郷安であったが、
この夜の騒ぎを聞いた郷安は、急いで孫四郎の屋敷へ向かい、彼に切々と説いた。

「孫四郎、そなたが幼い時に、父の本録をそのまま与えられたことを恩に思う事、それは
当然であろう。が、蒲生の家中には、先君より、お前と同じような恩を受けた人々が多くいる。
お前が心のままに死ねば、その人々の立場はどうなるであろう?

どうかその事を考え、殉死を思いとどまってほしい。」


このような説得により、孫四郎はついに殉死を諦めた。

が、世間とは勝手なもので、孫四郎が殉死を止めたと知るや、とたんに家中の多くの者が、
彼をあざ笑い始めた

『命令や道理がどうであれ、一度決めた切腹を、人に説得されて
止めるなどと言う事があるだろうか?

彼の父曾根内匠は武田信玄の下で、なかなかの武士だったそうだが、
孫四郎は、それには遥かに及ばぬ腑抜け者よ!』

そのように口々に孫四郎を、そして切腹を止めさせた蒲生郷安をも嘲った。

が、蒲生郷安はなおも孫四郎を弁護した
彼は会う人ごとにこう語った

「孫四郎が殉死を思いとどまったことが、武士の面目に瑕のつく事なのなら、
先君の恩を受けながら、殉死すら考えなかった我々は、一体何なのだ!?」

これに、やがて家中の者達から、曾根孫四郎を嘲笑う声は聞こえなくなった、
との事である。

そんな、氏郷死後の蒲生家のひとコマ。




461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 01:47:32 ID:yhhR7GrF
>>458
口だけならなんとでもいえるよな
行動に移せる人はそれだけでも十分立派だよ


463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 01:48:03 ID:3zqzTm3y
>>458
阿部一族といいこういう殉死の話はつらい話が多いね
当時の武士は面目を大事にするし
孫四郎が認められるようになったのも普段の働きのおかげだろうなあ

ところで蒲生家は蒲生姓多すぎww


472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 02:05:02 ID:s7ufvGvU
>>458
自殺しようとしてる人間を思いとどまらせた郷安も中々の人物だな…
凡人には出来ん


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コメント

  1. VIPPERな名無しさん | URL | -

    殉死って何なんだろうな。
    「生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん」って感じなんだろうか。
    「絶望の死」なのか「希望の死」なのか。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    曾根内匠に次男がいたのか

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