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駒姫の斬首、最上義光の苦悩

2009年09月28日 00:10

807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:34:10 ID:FD+F7yxy
文禄4年(1595)7月15日、豊臣秀次は高野山にて切腹をする。いわゆる秀次事件である。
この時、秀吉の命により、秀次の子供、側室、侍女をも無残に殺された事は有名であろう。
そして皆さんもご存知だろうが、その秀次の側室の中に、
最上義光の娘、駒姫もいたのだ。

義光は秀次の家族も処刑されると言うことを知ると悲嘆にくれ、各所を回って
娘の助命を嘆願した。
が、ついに秀吉の許しはなく、8月2日、京の三条河原にて斬首と言うこととなった。
(ちなみに秀次の妻子すべてが殺されたわけではない。そもそも秀次の正妻である
池田恒興の娘、若御前などは助命されている。)

絶望した義光は、伏見の屋敷において家臣、浦山筑後を呼び、「お前は急いで京に上り、
娘の最後の姿を見届けて来てほしい」、と、頼んだ。

この命を受けた筑後は、この事を同僚に話し、こう、決意を告げた

「この度の京行きは、私の生涯の大事である。
主君の娘が斬られるのを見て、おめおめと伏見に帰るようでは、武士の面目が立たない。
よって、私は駒姫様を人手にかけるくらいであれば、その前に走りよって私の手で姫を討ち賜り、
その上で自害して果てる覚悟である。」

これを聞いた同僚は急ぎ義光にこれを知らせた。
義光は筑後を呼び

「おぬしの所存は無理の無いことだ。お前のような堂々たる武士に、このような事は
頼むべきではなかった。」

そう言って筑後の変わりに、召し使っていた下人2、3人を、京へと派遣したのだという。


駒姫の死骸は他の者達と共に、後に「畜生塚」と名付けられた、河原に掘った穴に、
捨てられた。

斬首を見届けた下人たちは、伏見に帰り、そのことを義光に報告をした。

義光は懊悩のあまり、食事を取る事も出来ず、うち塞ぎ、ただ座り込んでいた。
そして時々、歯を食いしばり目を怒らせ、

「口惜しい、口惜しい」

と、のみ、つぶやいていたそうである。


駒姫処刑時の、最上義光の苦悩と悲しみを伝えるお話。





808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:38:24 ID:oNbMTvrs
貴重なおっぱいが

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 01:41:21 ID:QmNj6CGP
>>807
こういうやりきれない話って悪い話スレ向きなんだろうかいい話スレ向きなんだろうか

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 02:06:53 ID:ILpFE1AD
>>807
これはやっぱり悲惨だな
ちなみに何故正妻は助かったのか?秀次の切腹理由に関係してる?

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 06:34:30 ID:l6/YundP
>>811
父親の恒興が秀吉に合流して山崎の戦いに参加し、清洲会議で秀吉とともに三法師を後継者に推挙、
秀次と一緒に小牧・長久手で動いたけど討ち死にしてしまったことが影響しているんじゃないかな。
後を継いだ次男・輝政は豊臣一族に準ずる扱いを受けてるし。


816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 08:23:00 ID:91Gwwv5e
最上の駒姫が悲惨なのは側室にあがった直後で実質的には
まだお手つきですらなかったと言う点だな

817 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 08:41:27 ID:OlQZ/L5/
なんで助命とおらなかったの

819 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 08:54:21 ID:YZvEafdW
戦国ものすごく悲惨な話

872 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/09/28(月) 09:46:59 ID:HwRG+R+f
>>817
一応は通ったみたいよ。
ラスボスも直前になって流石にお手つきでもないのに可哀想と思ったのか
誰かの嘆願が効いたのか分からないが、「あれだけは鎌倉で尼でもさせるか」
と気まぐれのように口にした。
すぐに使いが三条河原へ走ったが間に合わなかった。
しかし遺体の扱いは他と同じ畜生塚。やはり気まぐれだったらしい。


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

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  2. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    お手付きどころか、秀次とまだ会ってもいなかったんだよな(;ω;)

  3. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉にとって、最上はゆくゆくは潰すつもりだったのかも知れんよな。

    難癖つけたり、伊達どころじゃない宿敵、上杉氏で囲い込んでみたりして嫌がらせしたり。

    上杉にしたって越後一国と会津じゃ表高は兎も角、実収入にしたら加増転封とはいえチョット見合わないし、領地は分断されてるし、最上領位は貰わんと厳しいだろうしなぁ

    最上の暴発とか失策待ちだったとしか思えないよね

  4. 今度テキスポというサイトで「五郎八姫」
    を執筆しています。駒姫も出てきますので
    よろしくお長いします。

  5. 人生七十四年 | URL | -

    天地人ではここらへんの因縁を描いてくれると期待してたんだがなあ・・・

  6. 人間七七四年 | URL | -

    この話はほんとやりきれん
    尼にしろって通達も、処刑場の一つ前の町まで着いていたというのに

    溺愛していた娘と嫁を一気に亡くすって悲し過ぎる

  7. 人間七七四年 | URL | IQAEu90c

    こういう話を知ってたら、豊臣家滅亡に同情できんわな。
    秀頼や国松に落ち度はないし、彼らも悲惨ではあるんだが……。
    やはり秀吉のやった数々の行いの報いが回ってきたとしか思えん。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    100Mまできて間にあわなかったとか悲しすぎるな

  9. 人間七七四年 | URL | -

    本当は助命されるはずだったけど一歩違いで処刑された、とかはよくある伝承だから信用できないけどね
    殺されたけど道義的には許されてたんだ、と思いたい後世の願望の産物

  10. 名無しでやんす | URL | -

    そもそも自宅謹慎させられていた義光らが娘の助命に奔走することができるのかって話
    秀吉に謁見する事すらできんだろ

  11. 人間七七四年 | URL | -

    なんで本人が走り回ると思ってるんだ
    自分が謹慎中でも取れる手段はいくらでもあるだろよ

  12. 人間七七四年 | URL | -

    池田家が家康の娘を娶ってたのがでかかったんだろうな
    なんだかんだで家康のことは秀次事件の折にもめっちゃ信用してたみたいだし

    でもこの駒姫、嫁いで一か月それも対面すら果たさず別邸待機していただけで、
    秀次との対面を果たしたのは斬首の直前なんだぜ(処刑対象者はすべて秀次の首と対面させられた)
    そりゃあ忍耐の最上さんでも反豊の鬼になりますわ

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