蜂須賀至鎮の死についての伝説

2009年11月05日 00:03

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/04(水) 19:21:02 ID:JBsCIoeH
蜂須賀家政の嫡男、蜂須賀至鎮。
大阪冬の陣では木津川、博労淵の合戦で功績を上げ、夏の陣では長曾我部盛親を生け捕るなど、
武略に長けた君主であったという。
ところがこの至鎮、三十代の半ばで急死してしまう。
若くして死んだ英主を惜しんで毒殺説が流れるのも世の常。
さて、そこまではよくある話なのだが……

俗説一。
蜂須賀至鎮はかの有名な覇王項羽と同じ、一つの目に瞳が二つある異相の持ち主であった。
項羽のごとき異相に、天下を脅かす危険性を感じた幕府が毒を盛って殺したのである……

……いや、それ異相というより怪物……

俗説二。
毒を盛られた至鎮は、それでもなんとか徳島城まで帰還した。しかし、屋敷まで後少しと言うところで、
ついに力尽きてしまう。
そこは屋敷から目と鼻の先、自らが上田宗箇に作らせた名庭。
無念極まりない至鎮は、庭の石橋の上までたどり着くと、無念のあまり……
石橋を足で踏み割って、そのまま息絶えたという。

……いや、石橋を踏み割る力があれば屋敷まで帰れよ。

という、主君を思うあまり化け物にしてしまった贔屓の引き倒しの話。

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/04(水) 19:42:34 ID:JBsCIoeH
ちなみに、>>956の石橋というのは、もともと長さ10メートルの一枚岩の石橋……
死にかけの人間に割れるかいw




961 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/04(水) 20:21:37 ID:z3zV7Z9K
>>957
この橋ですか
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/bf/f4f2b0119d5dacb1bbfb23fcc2cea549.jpg

こりゃあ無理だw

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/05(木) 00:15:32 ID:vGdmwcXU
>956
イケメンすぎる殿と美人過ぎる家康養女(だっけ)が……って悲恋みたいな話になってたっけ。

973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/05(木) 08:58:27 ID:GC2jm/Qr
>>956>>961
戦国のすごい憤死ランキングつけたら、たぶん上位10人には入りそうだなw

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    瞳が二つあるのは
    重瞳といって、まれにあるらしいが。

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