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高橋紹運、息子への最期の言葉。

2009年11月05日 00:11

99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/04(水) 10:51:37 ID:6P4sqNvO
高橋紹運、息子への最期の言葉。


天正十四年、九州制覇の野望を遂げるべく、島津軍が北上を開始した。
大友方の城は次々と陥落し、紹運の篭る岩屋城にも島津忠長の軍勢が迫っていた。

そうした折、岩屋城に、立花山城を守っていた宗茂からの使者が来た。

「地の利が悪い岩屋城に比べ、宝満山城は要害の地。
 かの城にて篭城すれば、秀吉公の援軍が到着するまで島津軍を食い止められましょう。」

紹運は、その使者に返事を与えて城へ帰した。

「宗茂の言うところは至極最もである。
 確かに宝満山城は要害であるが、地の利は人の和に如かずという。
 いくら堅固な城に篭ろうとも、人の心が一つにまとまらねば意味を成さぬ。
 それ以上に思うのは、我が家が今まさに滅びの時を迎えているということだ。
 時の流れにつれ、全てのものに栄枯盛衰があるのが世の習いである。
 滅亡の時が来たのなら、たとえ堅固な城に篭ったとしても逃れえぬであろう。
 なれば、多年の居城を枕とし、節を守って死ぬことこそ勇士たる者の本意である。
 ここにわしが篭れば十日は守られるであろうし、寄手の三千くらいは討ち取ってみせる。
 そうなれば、続けて立花山城に攻め入ったとしても、二十日は持ちこたえられる。
 三十日も稼げば、秀吉公の援軍も到着するであろうから、宗茂は生き永らえられよう。
 さすれば、わしがこの地に果てようとも、
 宗茂さえ無事ならば亡き道雪殿に対しても顔が立つし、宗茂の武運も開けよう。」


同年七月二十七日、紹運は自害し、岩屋城に篭った兵も全て討ち死にしたという。





104 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/04(水) 15:10:56 ID:9UlfxnFD
>>99
恥ずかしいけど泣いた
紹運大好きだ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    …俺も泣いた。

  2. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    ちょっとどころじゃない泣ける話

  3. 人間七七四年 | URL | -

    泣くなってのが無理。

    まだ結婚もしてないけどこんな父親になりたいです。

  4. n | URL | -

    そう言う視点もあるけど、
    全部隊で総合的に秀吉の援軍が来るまでの
    生存者が多くなるケースを取ったと見れる
    将としての器も感じるよな

  5. 人間七七四年 | URL | 6Q0aW8YQ

    地の利は人の和に如かずで、人の和は天の時に如かずなのか
    勉強になるなあ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    本当に格好いいよなあ

    こんな男に憧れるし、なってみたい。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    本当に3000余討ち取ってるんだから凄いにも程がある。

    こんな親父だからあんな息子が生まれても不思議でもなんでもないな。

    この人の信念に全て燃焼できる人格はどうやって育まれたんだろうな。

  8. フヒ | URL | -

    地の利は人の和に如かず、は孟子の言葉だっけ?

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