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塙団右衛門と藪與左衛門、科人の討ち取りを命ぜられ

2009年11月07日 00:27

5 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 13:06:17 ID:CukRqtZt
塙団右衛門が、加藤嘉明に仕えていた頃の話である。

ある時一人の科人が出て、藪與左衛門、塙団右衛門の両名に、これを討ち取る事が命ぜられた。
二人は籤を引き、與左衛門が一の太刀、団右衛門が二の太刀を受け持つ事となった。

さて、その科人の家に着くと、與左衛門が討ち取る次第の言葉をかけ、これに斬り懸かる。
かの者もたちどころに刀を抜き、これと斬り合う。激しい鍔迫り合いとなった。
…が、団右衛門の二の太刀が、いつまでたってもこない。
與左衛門、どうしたことかと振向くと…


   団右衛門→ アー、サムイサムイ( ・∀・)ノ ノ 焚 メラメラ

焚き火に当たっていた。
その日は寒気非常に強い日であり、団右衛門は二人の戦いを気にもせず、
暖を取っていたのだ。

「何やってんだお前!?」

與左衛門怒る。まあそりゃそうであろう。こっちは命のやり取りをしているのだ。
しかし団右衛門、よほど寒いのか火の前から動こうとしない。
『こんな奴は当てに出来ない!』
與左衛門、どうにか一人で科人を切り伏せ、これに止めを刺したそうである。

この事の終始、検使のものが報告したのだが…

なんと、焚き火に当たっていただけの団右衛門、科人を斃した與左衛門と同じ、
白銀10枚を褒美として与えられた。
その理由は

「同僚が戦っている最中、平然と火に当たっていたのがなんか凄いから。」

だそうだ。
この時代の評価基準と言うのも、なんだか変なのだ。





6 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 14:03:44 ID:HQdIirWb
制度が確立された江戸時代とは違って
戦国時代のできて間もない家では
褒賞の基準も特になかったんだな・・・

7 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 14:06:12 ID:FjaBdaIi
嘉明は結構細かいから嫌いそうなもんだがこういうところは嫌いじゃなかったのかw

8 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 16:52:22 ID:vTynoRH+
>>7
本人が虎を前に居眠りしていたという北斗神拳伝承者みたいな逸話持ちだからなw
ふてぶてしいが、直之さんの剛胆さを褒めたんだろうね。
(→ http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-297.html

結局直之さんはその意地を主君にも張り通して、退転しちまったわけだが

9 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/11/06(金) 17:22:55 ID:gbsjoLpS
>>5
又「主君が討ち取られそうなのを笑ってみてたら後で怒られましたw」

10 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 17:26:53 ID:ZTty1E4u
嘉明と団、黒田の2代目と又兵衛

皆有能なのにねぇ。
人の相性って怖いわ

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 17:31:36 ID:p+/l+QYm
稀代のへそ曲がり男は、端から見ると楽しい奴だが、巻き込まれるとウザいなw

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これ同僚が切られていたとしても、同じ結果だったのかな?w

    塙団右衛門は「軍令違反」したとあるのですが、具体的に何をしちゃったんでしょうか?調べても出て来ないのですが。もしかして具体的な内容は伝わって無いのですか?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    具体的にどんな軍規違反をしたかが伝わってない、てコトは、内容そのものはあえて記すコトもないようなありふれたモノだったんじゃない?
    ただ、団右衛門はそういうコトが非常に多かったので嘉明と不和になり…てコトなんじゃないかなぁ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    小手伸也のビジュアルで脳内再生してしまう

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