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倭寇達の実態

2009年11月21日 00:21

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/20(金) 02:49:57 ID:NTQlLadG
1555年倭寇対策の一環として日本情勢を探索する為に鄭舜功は琉球経由で来日した。
彼の日本についての記録である『日本一鑑』で薩摩高須浦についてこう記されている。

「我が国の民で倭寇に捕まり奴隷になっている者が2、300人いる。」

薩摩の一地方でこれであるから薩摩全体、あるいは九州全体で
倭寇に連れ去られてきたものは膨大な数に上ると思われる。

また鄭舜功は在日明国人を
「朱縞種」、「被虜官袁種」、「逋逃之種」、「被虜人種」の4種に分けている。
朱縞種はttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2726.htmlに出てくる宋素卿の子孫たち
被虜官袁進種もこの事件で日本側の捕虜となって日本に連れ去られた
寧衛府の指揮官袁進の子孫たちである。
彼らは在日明国人のなかでも有力な一党となっていたらしい。

問題は逋逃之種と被虜人種である。
前者は明の追跡を逃れて日本に拠点を移した倭寇達
後者はその倭寇達に連れてこられた者達

鄭舜功の日本についての記録である『日本一鑑』にはこういった倭寇達が
日本を拠点として東シナ海一帯で商船を襲ったり、沿岸を襲撃したりした記録が
数多く載せられている。
明の手が届かない安全な根拠地を手にした倭寇達は大勢力と化し
日明間のおける大問題となった。

「真倭は1、2割」と言われた倭寇であるがその活動範囲に国境はないのだ。





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