秋田実季、比内浅利氏のサボタージュに

2009年11月26日 00:04

592 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 20:33:49 ID:+XDPRmZM
かわいそうなイメージばかりつけちゃったので、乱世っぽい秋田実季の話を。

数代にわたって秋田氏に圧迫されてきた比内浅利氏。
安東愛季には当主・浅利勝頼を謀殺され、嫡子の頼平は津軽為信を頼って浪々の身となる。
後、為信と実季の妥協によって比内へ帰還したが、身分は秋田氏配下になってしまった。
しかも、時は豊臣秀吉が奥羽まで従えた、ちょうどその頃。
中央に秋田氏配下と認められてしまい、独立の機会は遠のいた。

さて、全国の大名には豊臣への奉公義務があったが、秋田からは杉材や鉱物が納められていた。
頼平も当然負担していたのだが、ある日これが馬鹿らしくなった。
「せっせと太閤に貢納しても、全部実季の功績になるだけだ。
なんで仇敵の手柄を稼がなきゃならんのだ」
頼平、豊臣への負担分をごまかすようになった。サボタージュである。
当然、すぐに実季にばれた。
「ほう、津軽の顔を立てて戻してやったが、そういう態度なら容赦はいらんな」
実季は税金の「強制徴収」を始める。
比内へ進攻し、浅利軍を攻撃、ついでに村々から略奪を行ったのである。

浅利方は後に被害を訴えるため報告書を作るが、それにはこう書かれている。
「この村では家が七戸しかなくなった。以前は二十戸の村だった。秋田軍が撫斬、放火した」
「この村は十五戸あったが、今はもうない。荒れている。秋田軍が放火した」

秋田・浅利紛争は豊臣政権の法廷に持ち込まれるが、実季勝訴の判決とともに、頼平は急死した。




593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 22:05:43 ID:xlxJDe4X
>>592
戦国大名の発生が遅れた、東北らしい話って感じですなー。
南北朝時代のようだ。

594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 22:37:30 ID:Kc8dkWQe
南北朝時代ならもっとドロドロしているだろ

595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 22:46:14 ID:hJKQ2rJ5
南北朝の東北は初代風林火山の人のおかげか結構話題になるな
すごい複雑で理解が追いつかないけど、東北から関東突き抜けて上洛とか
戦国時代でも考えられない


597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 22:56:31 ID:W5jADjNU
南北朝は戦国では蹂躙される一方の足利様、北畠さん、菊池さんや山名さんや
畠山さんが強者として戦う様は胸が熱くなるな

負けっぱなしの少弐さんも…少弐さんも…負けてるなぁ。

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