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信親の遺品

2009年12月04日 00:11

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 01:20:38 ID:hjHTzJBv
豊臣秀吉による九州、島津征伐の緒戦、戸次川の戦いで大敗を喫し、
嫡男信親を失った長宗我部元親も、大将仙石秀久と共に伊予へと撤退する。

信親を失った事に痛切極まりない元親は、家臣谷忠兵衛を、かねてから親交があり、
戸次川の戦いでも戦いあった島津の重臣、新納忠元の元に派遣した。

忠兵衛、忠元に元親の言葉を伝える

『この度の豊後、戸次川合戦でのあなたの働き、古今に見られぬほどのもので、
どれだけ称えても、称えきれないでしょう。

そこにおいて、我が愚息弥三郎(信親)は戦死を遂げました。
これは武士の本意に適うものであり、また天下のお役に立ったものでもあり、
我が一家の誇りとするところであります。

そこでどうか、彼の遺骸をお引渡しいただきたいのです。』

忠元はこれを聞いて涙を流し、言った

「私は先年より不思議な縁があって、宮内少輔(元親)殿と親交を結ぶようになりました。
それからお会いする事は無かったものの、書状にてよしみを深めました。

然るに、去る12月12日の合戦において、ご子息弥三郎殿の部隊と出会い一戦に及び、
我が方も多くの兵が討たれましたが、武運が少しばかり勝っていたのでしょう、我々が勝利し、
弥三郎殿は戦死を遂げられました。
武士の習い、戦の習いとは申しますが、弥三郎殿の戦死は私にとっても最近に無く、
本意に無いことであります。
その御遺骸を直ぐにでも送るべきであったのに、忙しさにかまけそれを怠ったこと、
旧交を忘れた所業だと言われてもしかたがありません。

武士が合戦にて討死する事、元より望むものとは言いますが、親子の恩愛は不朽とも言います。
宮内少輔殿のご心底、お察し申し上げます。

弥三郎殿の奮戦は素晴らしく、その名誉は人々に語られております。
どうかこの事を以って、お心をお慰めください。』

そう伝えよと使者に言い含め、信親の遺骸は既に痛んでいたため火葬をし、
遺骨と、遺品である甲冑、太刀を持たせて、元親の元に返させた。



元親は、使者の持ち帰った信親の遺品を一目見たとたん、目を背け、嗚咽した。
余りの嘆きように近習たちは、すぐにその遺品を、元親の目に付かない場所へ運んだと言う。

その遺品、太刀は鍔元から切っ先まで隙間も無く敵の切り込みを受けた跡があり、
もはや太刀の形をしていなかった。
甲冑には矢弾の跡、太刀、槍の跡が数え切れないほど残っており、袖や草摺の部分は
途中から千切れていた。

これを見たものは皆、『信親様はなんと激しく戦ったのか』と、驚き、涙を流さないものは
いなかったと言う。




805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 05:54:14 ID:wLHU0Ls8
いい話スレに投下すべきじゃないか?
どこが悪い話かわからん。

806 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 06:06:39 ID:Vo0sATNp
まぁ長曾我部にとっては、その後の滅亡の遠因にもなった悪い話ではあるな。
でもいい話スレ用だね、確かに。

807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 08:02:56 ID:ouQkfAov
九州戦線で大敗を喫し、自家どころか長曽我部家まで衰退させた仙石家にとっての悪い話じゃね

808 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 12:54:52 ID:myrkjWlM
>>805
まあ、遺品の状態が悪い話ということで。

これは涙を誘う話。

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 16:36:01 ID:ZUMuJeLY
息子を見殺しにして逃げた悪い話?

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 17:55:20 ID:y7x7KVRJ
見殺しってか家臣に馬の尻引っぱたかれたんじゃなかったかね。
ま、四国勢壊滅させた仙石さんの悪い話に被害被った(運の)悪い話だな

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 19:38:11 ID:rPd1Wp+1
>>804
切ないな…



関連
新納武蔵守忠元と遺体の返還・いい話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-11.html#comment3216

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コメント

  1. 御神楽 | URL | -

    長曾我部家の話はどれも切ないよな…
    信親が生きていたらどうなったんだろう。

  2. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    親指武蔵の人も渋いなあ。敵も味方もなく弔うような人が、秀吉だけはよほど合わなかったんだろうか。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >その遺品、太刀は鍔元から切っ先まで~
    >甲冑には矢弾の跡、太刀、槍の跡が数え切れない~

    泣けた…これ程凄まじいものとは。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    信親が生きていたら長宗我部の命運はかなり変わっていただろうね

  5. 人間七七四年 | URL | -

    島津の心遣いも泣ける
    信親と言わず元親が大阪の陣まで生きてればな

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