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戸田流、林田左門に挑んだ若者と黒田長政

2009年12月06日 00:07

900 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 11:30:44 ID:wGIClNDb
兵法戸田流の達人、林田左門は黒田長政に仕えて西国で剣名が高かった。
林田は黒田家の若侍を集めて武術論を交わすのが日課だったが、ある日、大力が自慢の
若者が言った。「兵法など習わなくても、心さえ臆していなければ、功名は出来るでしょう?」
林田は答えた。
「それも道理だが、心身を鍛え、さらに兵法に優れていれば鬼に金棒ではないかな?」
若者は納得しない。
「いや、心さえ動じなければ、そう負けますまい。試しに、仕合を致したきものです。」
「それは良い心掛け、しからば、すぐに参ろう。」

庭先に出た二人は木刀を持って向かい合い、若者は上段に構えて一歩踏み込んだ。
その瞬間、二人は交差し、若者は林田に額を打たれていた。
「いかがかな?」「……拙者が一本取られたようですな。」
「納得がいかぬなら、もう一手参ろうか?」「い、いや!とても拙者の及ぶ所ではござらん。」
「ならば、今後は我を折るようになされた方が良い。」「う、承った。」

観戦していた一同は、このやり取りにどっと笑い、若者は恥辱に消え入らんばかりになった。
この話、当日のうちに主君の耳に達し、その夜、長政は若者を呼び出した。
「そのほう、林田に仕合を仕掛け敗れたとは、まことか?」
「…仰せの通りにございます。」

「家中一の使い手に挑むとは、見上げた志である。若いうちは、その位の血気がなくては
物の用に立たぬ。
林田は世に聞こえた名人、若い素人が負けるは当然じゃ。わしも若い頃は、柳生但馬守や
疋田文五郎に我流で挑んで打たれたものだ。
戦場では確かに兵法の上手が勝つというものではなく、下手でも功名は立てられる。
が、だからと言って兵法を修行せぬのは事に備える武士道に背く。そのほうも、これから
林田の弟子となり、兵法に励むが良かろう。」

長政の教えに涙を流して感謝した若者は、その足で林田のもとに行って弟子となり、のちに
家中有数の使い手になった。


思い上がった心を折られた若者を諭した、長政のいい話…ではあるのだが、
徳川家臣の柳生さんと長政が顔を合わせるなんて秀吉の死後だろうから、三十台半ばの
大大名が天下の剣豪にタイマン仕掛けたことになる。……NGMSなにしてんのNGMS。




901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 11:39:24 ID:6nw1vbA+
長政のエピソードはなんだかいつも子供っぽいよな

902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 12:09:01 ID:PBN5efBO
家中有数の使い手になったわりには
名前は伝わってないんだね

903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 15:35:57 ID:iWGKsJJD
>>902
黒田家家中の使い手ってのはせいぜい根岸兎角レベルだからな

904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 15:43:34 ID:aSIjGQKS
>>900
53歳の家康が68歳の柳生石舟斎に勝負を挑んで
無刀取りでフルボッコにされたこともあったぐらいだから。
戦国人としては大身になっても武を怠らないというのは素直にいい心がけだと思う

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 15:47:00 ID:+7/Rvd2t
山岡の「伊達政宗」では、政宗が柳生宗矩にタイマンしかけたことになってるね

906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 16:14:38 ID:8XGd/k5z
さすがは寛永御前試合出場者だな>伊達政宗

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 16:32:00 ID:EZM9A6O3
作家としては、主人公には華やかなエピソードを付けたくなるものだ。
そうしないと本が売れないからな。
どうせ小説だから本当か嘘かなんて二の次だし、
読者も楽しく騙されれば文句ない。

908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 17:56:54 ID:96dU5KWp
↑何か嫌なことでもあったのか心配になった


916 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/06(日) 13:44:56 ID:wLRHej/G
>>900
つーかそもそも柳生を家康に推挙したのが黒田長政じゃなかったっけ
だからたぶん柳生但馬守とは兄弟弟子くらいの関係

917 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/06(日) 13:55:20 ID:wLRHej/G
>>916
書き込む前にぐぐればよかったわ
黒田長政は疋田文五郎に新陰流組絵図とかいうのをもらった関係だってさ
疋田文五郎と、柳生但馬守の父親の柳生石舟斎が上泉信綱に師事してたから
その関係で石舟斎を推挙したんだろう

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コメント

  1. 名無しさん@お腹いっぱい。 | URL | -

    観戦していた連中にも聞かせてやりたかった…
    と思うところだが、若者的には殿に理解してもらえたから良いのだろうなぁ。

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