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富永山随は何度でもよみがえる

2009年12月15日 00:09

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 22:42:44 ID:fhslj5sQ
時は天正十八年、伊豆半島のとある麻畑。
後北条家の部将、富永山随は麻の大いに茂ったその畑の中で、
息を殺して人目を忍んでいた。

というのも、彼の守る丸山城は先刻豊臣方の手に落ちて、
残敵掃討のため四方八方を豊臣方の兵が探索して回っていたからだ。

『何事もなく、通り過ぎてくれよ……』

すでに麻畑にも豊臣の兵はふみ込んでいる。山随は切にそう願っていたことだろう。
不幸中の幸い、後北条家の長年の治世に百姓は親しみ、
豊臣方に彼の在所を密告するようなものとていない。
やがて彼と、彼を匿う百姓の願いが通じたか、探索を諦めた豊臣方は帰り支度をはじめ――、

「コケコッコー!」

た、その瞬間。しまった、と思ってももう遅い。
麻畑の中、山随を見て驚いたニワトリが羽音鳴き声けたたましく、畑の外に飛び出した。
不審を覚えた豊臣方がその周囲を再捜索。
今度は隠れおおせることもかなわず、哀れ山随は外に引き出され、その場で首を打たれてしまった。

一部始終を見守っていた百姓達は、
「自分達がにわとりを飼ってさえいなければ……」と主君の不幸を招いたことに悲嘆にくれて、
以後周辺の村々では山随の霊を弔って、ニワトリを飼うことも麻を栽培することもなくなったという。

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 22:43:42 ID:fhslj5sQ
さて、時は降って慶長十一年の夏。

伊豆国加増野の村を、武家が一人騎乗して通り過ぎようとしていた。
村を領する小林上野守は、挨拶もなく自分の領邑に立ち入った非礼を甚だ不快に思い、

「馬上、挨拶もなしとはさても無礼な奴め」

とたまたま手にしていた弓を引き絞り、遠矢を射掛けてこの武家を射落としてしまった。
さて、顔を拝んでやろうと小林上野守は斃れた武家に近づき、一驚して腰を抜かしてしまう。

それもそのはず、なんと射殺した武家は彼の主君たる富永山随ではないか!

とんでもないことをしてしまった、色を失ったもののもはやどうすることもできず、
上野守は短慮を悔いつつその場で自害して果てた。

一部始終を見守っていた百姓達は、
「弓矢さえこの村になければ……」と主君の不幸に悲嘆にくれて、
以後加増野の村々では山随の霊を弔って、案山子に弓を持たせることも、
子供に弓矢の玩具を持たせるともなくなったという。


何の因果か民話上何度も蘇らせていろんな物を禁止するきっかけになってしまう、
ある意味ちょっと間の悪い武将のお話。
……慶長十一年って、後北条どころか関が原すら終わってるんじゃ?とか言ってはいけない。




54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 22:48:17 ID:7OgVbK5o
伊豆のそのあたりの地域じゃ、昔のご領主といえば富永山随の事だったんだろうね。

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 22:57:30 ID:K6IYeOMp
それだけ死を惜しまれる領主だったのかもわからん。


62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 09:47:27 ID:V4EYV9SO
富永山随は二度死ぬ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    まとめ管理人さん、今川の「忠臣は二度蘇る」朝比奈さんエピソードとぜひリンクを!(笑)

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