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雑談・後世の武将の評価について

2009年12月21日 00:05

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 00:20:59 ID:8JRZ8P6U
>>175
江戸時代は明智光秀と斉藤道三の人気が特になかったらしい

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 00:26:46 ID:G1sta73l
まあ近い時代の人って評価が難しいよな
自分が昭和とかの政治家評価しろって言われても情報ありすぎて上手く評価できない

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 00:31:58 ID:dtyoMaJo
斉藤道三は、司馬遼太郎が小説に書くまで
ほとんど忘れられた存在だった、というのは本当か?

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 00:37:04 ID:+fIaV8M3
ちょっと時代は前になるが朝倉(英林)孝景ほど死んだ時の皆様の評価の声が
ボロクソな奴は居まい。

211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 00:46:36 ID:nPe+3bmL
時代によっては考えまちまちだよな
江戸・豊臣悪
明治・徳川悪
昭和・豊臣神
な感じで。


212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 01:04:59 ID:badG+iQv
今は信長の時代かな
光秀や三成なんかは再評価の揺り返し部分というか
今はいい目で見ることに傾注し過ぎてきらいがあるね。

213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 01:09:41 ID:nPe+3bmL
そう考えると、世間一般の感覚は司馬史観に基づくところが強いな。
実際俺も、歴史上の人物のイメージはここと司馬作品に影響されてるところが強いし

214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 01:20:25 ID:sS5fIm1E
でも戦後の三英傑マンセーの流れを作ったのは山岡荘八じゃないか?
司馬の影響が強いのはむしろ幕末の方かと

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 01:35:45 ID:nPe+3bmL
言われてみれば。結構作家の影響って大きいよね。
俺は司馬→山岡って流れで、歴史好きになっていったタチなんでw

ちょっと悪い話なのに脱線すんまそ。




216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 01:39:45 ID:EX3RZcIh
では武将の評価と言う事で

江戸は元禄の頃、戦国時代の「良将」と言えば、明智光秀、柴田勝家、石田三成の三人を
指したそうだ。
これはこの三人ともに、天下分け目の合戦をした故であると言われる。



219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 08:26:24 ID:VN5alRVg
>>216
そういえば光秀、三成の再評価は進んでいるけど、勝家は・・・

220 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/12/20(日) 09:22:16 ID:CEa4krhm
>>209
忘れられてたのではなく、悪者としてしか認識されないから、岐阜県では話題になることも少なかった、
程度の記述だったとおもわれ。
戦国大名って、昔は露骨にお国自慢の材料だったからね。


221 名前:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM [sage] 投稿日:2009/12/20(日) 09:29:19 ID:8hvqw1Bj
それでは「道三めん」の立場がないではないか。
226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 11:58:09 ID:Rwl1AvtD
勝家は過小評価されてるよなぁ
北陸を制圧し最強期の上杉を単独で押さえ込んだりと
実績はトップと言っても過言じゃないのに

清洲会議後、前田利家に秀吉との和解の仲介を依頼し
和解の約束を取り付けたりとどちらかというと無駄な戦は好まない
理知的な将であったことが伺われる。
猪突猛進な武将のイメージは某ゲームとかのせいかも。
信長死後もあくまで織田家を立てようとする勝家に
対し織田家から離反、独立の意志を見せ始める秀吉に
危機感を感じ何度も詰問を行ったが態度を改めるどころか
挑発→信孝、滝川一益を討伐にかかる→やむなく兵を挙げた

というのが賤ヶ岳決戦にいたる過程であり
賤ヶ岳決戦でも利家の勝手な退却がなければ勝っていた公算が高い。
しかも北ノ庄へ落ち延びる途中、府中城前田利家に会い、
決定的局面で勝手に退却し、敗残の元凶となった利家に対し
勝家は一杯の湯漬けを所望、運ばれてきた湯漬けを静かに
食べ終わると利家に長年協力してくれたことの礼を言い
今後は秀吉に仕えるよう勧め、無断退却のことは全く詰問等
する事無く北ノ庄へ向かったと言われている。

漢や…

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 12:02:04 ID:+fIaV8M3
そういえば何故「柴田勝家=猪」のイメージが作り上げられたんだろうか



233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 12:40:23 ID:VN5alRVg
>>226
甥で養子の勝豊が秀吉に寝返ったり、
同じく甥の佐久間玄蕃が勝家の指示を聞かずに賤ヶ岳に深入りしたり、
重要な配下の利家が最悪のタイミング離反してしまってるので、
きちんと部下の手綱をとれてなかった凡将の側面もあるけどね

234 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 12:42:35 ID:j33kmaYe
>>232
その理屈だと池田輝政(義兄の称号を継いだ?)と新納さんの鉢合わせとか
エラい騒ぎになっとるわw

235 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 12:47:47 ID:badG+iQv
権六は腹の斬り様はすごいよね。
佐久間盛政が命令聞かなかったり、養子が裏切ったりと、最終局面では
生彩欠いたのは間違いないけど。

236 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 13:02:05 ID:sS5fIm1E
柴田勝家の猛将のイメージは「鬼柴田」だの「かかれ柴田」だの渾名つけられてるからじゃないの?
政治力があったり知略に長けてても、武功のある武将はどうしても「武」の人のイメージが強い気がする
暗殺だの偽報だの離間だの、「汚い」やり方をやり過ぎてるとそっちのイメージが先行して
武功がスルーされることもあるけど

237 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 14:10:43 ID:nixsCwUm
猛将なのは北陸一向門徒撫で斬りのイメージじゃないかな
まあ文字通り撫で斬りした地に北ノ庄城を作ったわけでけっこうな政治的センスは
あったと思うけど
ただ政治的センスの塊のような(天下を統べるまでの)秀吉相手としてみると
残念ながら政治的センスは数段劣る

238 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 14:36:13 ID:wNSnSGQo
勝家、利家の撤退なくても勝てたかどうかは微妙だなあ
万が一あの場は勝ったとしても、兵力集積の点で動員力で劣り、
山越えの遠征になる勝家には長期的な展望が持てない
結局、年内に終わるか数年かかるかの違いしか生まれないように思う
家康と景勝と氏政は、関東で遊んでられる時間が長くなるからかなり違ってくるかもだけど

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 14:50:26 ID:motJ3TQ1
仮に二年、柴田討滅にかかったとして、
その遅れの最中に四国は長宗我部が統一して、九州は島津が統一して、
上杉が介入しようがしまいが佐竹一党は伊達と北条に絶賛フルボッコ中だろうなあ。
なかなかに厳しい情勢になってるかと。

240 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/12/20(日) 16:17:05 ID:opADNuXq
>>235
そういう事態を招いたのもある意味ラスボスとの「将才」の差で、でたことだからなぁ…


241 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 16:31:47 ID:XATfj6xT
自分が天下とるんだと思って動いてる人と織田家支えるつもりで動いてる人だと
打てる手の範囲変わってくるからなぁ…

ま、組んでる信孝がこんにちは、鬼武蔵です、東美濃貰いますねとか
稲葉と安藤でガチバトルするんで西美濃に絡んでくんな、ゴルァ!!!とかやられて
猫の手以下だったってのも大きいがw

242 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 17:05:38 ID:nPe+3bmL
名将と呼ばれる武将の息子は凡庸が多いなぁ・・・。
一族そろって優秀なのは真田一門と・・・本多くらい?

243 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 17:07:14 ID:0FGIeQ26
島津も優秀は優秀じゃない?

244 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 17:20:31 ID:pdCSDHr+
汚点が多少あっても早死にしているとノーカウントだからな
長生きな方が損

245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 18:01:39 ID:3K42j6ix
江戸時代に片足つっこむ時期になると、もう長生きして天寿を全うしたってだけで
既に凡人扱いフラグだからな

246 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/12/20(日) 18:05:32 ID:AWi03kn6
>>245
(●∀・)「あぁん?表出やがれ」


247 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 18:20:28 ID:EXefvls5
>>245
ご長寿お兄ちゃんに謝れゴルァ

248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 18:22:08 ID:sS5fIm1E
何をもってして優秀とするかによるんじゃない?
三英傑より下の世代は遊泳術とどこにつくかの判断力が優れてるほど勝ち組だし

とりあえず、NGMSはもっと評価されてもいい

249 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/12/20(日) 18:30:17 ID:lDVFQ1MY
>>248
家臣一同「蝶々トンボが鳥の内ならうちの殿も優秀なお人でござる」

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:12:00 ID:CFG4m3+O
>>242
名将と呼ばれてる人の息子がより名将なら、
その息子を中心にその息子(最初の名将の孫)が凡庸となるんだから、
そりゃ名将の息子は凡将になるがなw

島津・毛利・朝倉・北条・伊達あたりは、
良くも悪くも派手な人材を輩出してる感じがある

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:15:43 ID:wCLyiBiP
織田政権の重鎮たちは秀吉以外信長がいなくなった後にほとんど
ろくな目にあってないように見えるから
結局信長いなけりゃ1人じゃだめな人たちとか思われてる面もあって
過小評価になっちゃうんじゃないかな?
実際はそんなことないのかもしれないけど秀吉以外はなんかそう思われてそう。

柴田、明智→敗死
丹羽→秀吉に怒って憤死
滝川→敗れて余生をさびしく過ごす
河尻→武田遺臣とかの一揆にやられる
蜂屋→わりと早く死んで断絶したみたい
佐々→切腹
信長の側近たち→本能寺で運命を共に

多分イメージとしてはこんなイメージだろうから。

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:21:27 ID:VN5alRVg
島津家は凡君と名君が代わりばんこに出るのが伝統

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:25:01 ID:sS5fIm1E
>>251
守銭奴は無視か

254 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:25:32 ID:+fIaV8M3
池田恒興も信長の死後、長くなかったが池田家自体は勝ち組に。

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:27:50 ID:EX5aDC1/
伊達家は明治になっても順之助なんていう逸材を輩出してる

256 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:29:19 ID:IeCgSd1k
>>252
忠恒「なるほど、

日新公→爺様→オジキ→オヤジ→俺か。」

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:37:45 ID:wCLyiBiP
>>253
個人的には彼らは重鎮というよりはやや下なイメージだから。
逆に織田政権下でこの辺の地位の人たちは江戸時代まで生き残った
勝ち組になってるイメージだ。
むしろ織田政権の重鎮と豊臣政権の中心にいた武将たちが生き残れなかっただけの
イメージもあるんだけど。

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:40:49 ID:lpgzPEY9
豊臣の中心もふつうに生き残ってる奴いるじゃん

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 21:44:36 ID:+fIaV8M3
浅野が筆頭だな
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    今でも言えるが、子は親の思った通りには育たないからね。
    その逆に育つ方が多いからなぁ。

    いくら英傑でも子育ての能力は別物だから兼ね備える人は少ない。

    子どもも親とは少し違うことをしちゃう。
    織田信忠みたく親父とは逆に逃げなかったり。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    勝家かっこいいなあ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「道三めん」は潰れたんだよ…

  4. 名無しさん@お腹いっぱい。 | URL | -

    名将の一族が優秀と言えば、
    「元就の種はハズレがないなぁ」てのを思い出したが
    お孫さんが…

    よく南龍公の話で「これも帯刀他家臣の教育の賜物」って見るが
    あの叔父上らから薫陶を受けていた輝元っさんがアレなのは
    一体どういうことなのか。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    輝元の場合、
    まわりの伯父さん達(同年代含む)が優秀すぎて、
    才能を磨く機会がなかったのかと。
    なので、「種」はハズレじゃないんじゃないかな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    TERUは厳しくしつけられたあまり逆にイエスマンになっちゃったんじゃないか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >256さん
    悪久さん、お祖父さんとお父さんをディスらないように。
    それに貴方のお父さんには家督を継いでいない説もあるから、その説を取ると…
    (実際は悪久さんはお父さんの功績をあげまくってたから、伯父さんの存在感が薄くなって
    しまって…(涙))

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