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おきく物語

2009年12月28日 01:14

おきく   
389 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 12:36:32 ID:7RAvVMLX
が、こういう女性もいる。

その日、大坂城で淀殿に仕えるおきくは小腹が減って、「ソバ粉の焼き菓子を作れ。」と
下女に命じ、台所に向かわせた。
あわてて戻って来た下女が「玉造口が燃えています!」と言うので、おきくが千畳敷の間の
縁側へ出て見ると、すでに他の方面からも火の手が上がっていた。

時に元和元年(1615)5月、大坂落城である。

急いで自室に戻ったおきくは、着物を三枚ほど袋に詰め、秀頼から拝領した手鏡を懐にして
逃げ出すことにした。
部屋を出ると、物頭の竹田永翁らが黒具足に身を固め、「お女中方、出てはなりませぬ!」
と叫んでいたが、構わず外に出た。

城外は竹束があちこちに立っていたが人の気配はなく、先を急いだ所、急に竹束の陰から
錆び刀を持った男が現れた。
「金目の物を出せ。」と言うので、隠し持った金塊を一つ差し出し、「藤堂殿の陣はどこじゃ。」
(おきくの祖父が、浅井家時代の高虎の上司)と聞くと、「松原口だ。」と答えたので、
連れて行けばもう一つ金塊を渡す約束で案内させた。

途中、常高院(京極高次妻、淀殿妹)が降伏勧告の使者に来ていて逃げ遅れていたのに
出くわし、「お供いたします。」と言って一行に加わり、無事に城外へ逃げることが出来た。


この後、おきくは常高院の縁で京極家出身の元秀吉側室・松の丸殿に仕え、のちに
備前池田家の医師・田中意徳に嫁ぎ83歳まで生きたという、たくましい戦国OLの話。




390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 17:16:29 ID:BzWH+HOH

>>389
雑兵とのやりとりなんか、手馴れたもんだなw
地獄の沙汰も金次第とはこのことか

391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 17:32:55 ID:yCWykjXL
予め金塊用意かぃw
冬の陣が終わった時点で逃げゃ金塊渡さずにすんだのにw

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 17:40:06 ID:MYouKdxA
落城寸前まで菓子食いたいとかかなり肝の据わった人だな。
しかもその後の手際の良さといい、淀殿に殉じようとは一瞬たりとも思わなかったようだし。

393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 17:40:40 ID:h8gvQDPs
夏の陣じゃないと金塊もちだせなかったりして

394 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 19:24:54 ID:hdW1Vj35
というか降伏勧告の使者送ったタイミングで強襲掛けたのか

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/27(日) 22:26:35 ID:h8gvQDPs
降伏勧告をうけた後で攻めるのはいくらなんでもまずいからなぁ

396 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/28(月) 00:00:47 ID:oQ7vuB03
>>389
「おきく物語」って残ってるんだよね。
http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/nihon/okiku.htm

397 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/28(月) 00:02:42 ID:AHuxj+lS
講談社だったかの戦国クロニクルに、おあんもおきくも載ってたなあ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    藤堂高虎は旧主の縁者によくしたからね

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