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大関夕安『雲はみな はらひ果てたる 秋風を 松に残して 月を見るかな』

2009年12月31日 01:18

661 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 16:35:15 ID:6KgjKYwY
下野の那須家重臣に、大関夕安と言う者がいた。

ある時宇都宮氏の軍勢が那須を襲ったが、那須氏はこれに大勝した。
もうすこしで相手の大将も討ち取れる、と言う時、夕安は追撃に反対し、
あえて宇都宮勢を撤退させた。
時の人々は夕安のやったことが理解できず、

「何故わざわざ逃がすような、不思議な真似をしたのでしょうか?
今回の戦ではあのまま追撃すれば、宇都宮を滅ぼす事もできたのに。」

と不満を持った。これに夕安

「こんな歌がある。『雲はみな はらひ果てたる 秋風を 松に残して 月を見るかな』

今、宇都宮の劣勢を利用して、那須優位の同盟関係を築く努力をする事無く、宇都宮を
滅ぼしてしまえば、我々は小田原の北条と直接に勢力圏を接してしまう。
もし国境を接した状態で強大な北条と敵対してしまえば、我々が那須を保持する事は
不可能だろう。ここは宇都宮を残し、彼らに北条の相手をしてもらい、その間に我々は
軍備を整え家中の紐帯を強くし、準備が整ったところで北条への敵対を宣言すべきなのだ。」

人々、夕安のこの答えに大いに感服したそうである。



ちなみに『雲はみな~』の歌についてだが、通常この歌の意味は
「雲をすっかり払ってしまった秋風を、松に残るさわやかな音として聞きつつ、澄んだ月を見ることだ。」
とされているが、もう一つの意味を後に徳川家康が説明している。それによると

「”雲”とは敵や不利な状況の事、”秋風”とは家臣、味方、優秀な作戦、といった自分たちの取りうる
手段の事である。すなわちこの歌は

『自身の努力や策謀が、敵を討ち悪状況を解消出来うるまで結実するのを待つ事ができれば、
最終的な勝利を手に入れ心安らかに月を楽しめるだろう』

と言う意味を含んでいるのだ。」

目の前の敵を倒し滅ぼすだけでは生き残ることは出来ない。戦国の深謀遠慮についてのお話。




662 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 17:37:24 ID:sE6J0gmM
大関高増だな。

頭はいいんだが悪いことばかりする事に定評のある大田原3兄弟の長男。
珍しく良い事してるが。

663 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 18:45:39 ID:z7D2qpf0
>>662
というか、こういう視点を持った戦略家だからこそ武功第一の脳筋系武将には
言ってることのイミが理解されず
「正面切って戦わず悪巧みばかり巡らす陰謀家め!!」て、なんとなく
敵味方から疎まれたんじゃなかろうか。


本多正信なぞは同じようなことをやらかした上で
「私は長期的視野に立てないあなたたちとは違うんです! フフン♪」とか
周りの三河武士をわざわざ挑発しまくって、
自分一人で恨み辛みを全て引き受けてから死んで、徳川家と幕府を残したんだろうね

664 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 19:10:04 ID:5qafYXL9
丹羽長秀「ああ、あの腸腐れね」

665 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 19:11:07 ID:kMbs7ZOj
>>663
ひょっとして本多家改易って親父が遠因なんじゃないか?

666 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 19:12:21 ID:sE6J0gmM
>>663
いやぁ、違うと思うけどなぁ・・・

悪い話スレになんか書いとこうかな、その内

667 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 19:45:32 ID:Q6Rc7Qxy
>>661
こりゃいい話だね。
下野・常陸の小豪族は、対立しつつも連合しないと
大勢力の北条家に呑み込まれてしまうからね。

陰謀家と言われる人は、見方を変えれば
深謀遠慮の知将だったということだね。

668 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 22:07:50 ID:LJ0oN3Gf
戦わずに済めは何よりだもんな

669 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 22:07:55 ID:6oALwCzA
常陸下野あたりで常識人を見つけようとするのは難しい


671 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/30(水) 23:34:24 ID:iR0u7DDB
>>669小田氏治「よんだ?」

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | 6Q0aW8YQ

    ノブヤボだとよくやるよね。ヤバイとこと隣接したくないから、あえて攻めない勢力とか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    天正十三年(1585年)薄葉ヶ原の戦いでの出来事だね。

    『那須記』では伊王野資宗が、
    家臣の鮎瀬実光が宇都宮国綱を討ち取るところを止めた事になってる。
    伊王野資宗と鮎瀬実光は国綱の祖父の宇都宮尚綱も討ち取ってる。
    この時、不審に思った那須資晴に尋ねられた伊王野資宗は同人の手に掛かるのが武士の情けにおいて忍び難いのと北條氏の防衛線として国綱は必要と答えてる。

    ちなみに伊王野資宗は翌年に大関高増に攻められて領地を奪われてる。

  3. ター坊 | URL | mQop/nM.

    遅くなると書けないといけないから

    管理人さん今年一年ありがとうございましたm(_ _)m
    又来年も宜しくお願いします(^∀^)ノシ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    領地を取られた上に逸話まで取られたのか……
    なんという不憫>>伊王野資宗

  5. 人間七七四年 | URL | -

    氏治様登場に噴いたw

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