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松倉重政の人質

2010年01月02日 03:32

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/01(金) 10:11:49 ID:dMCCpBL3
関ヶ原の時のこと
有名な小山会議において、諸将は家康に対し人質を出し誓紙を差し上げることを約束した。

ところが松倉重政が、人質も出さなければ誓紙も提出しない。
では松倉は西軍に通じているのかー、と、いうわけでもなく、松倉は島左近より諸大名に送られた
書状を、真っ先に家康に提出したほどで、異心があるような人物でもないのだ。

井伊直政が、松倉の宿舎に尋ねどういう事かと聞くと、松倉、困った顔で

「それがですね、今私には人質に差し上げられるような親類などがいないのですよ。
人質を出さないまま誓紙だけを提出すると言うのもどうかと思われますし…」

と、いかんともしかねると言った風情。この時直政、ふと松倉の傍を見て

「ところで、あれはどなたかな?」
「は?この者は私の小姓の、吉岡と言うものですが…?」
「彼を人質に出せばいいではないか。」
「え?しかしこの者は譜代とはいえ他人で…」

直政は松倉にしらばっくれたような表情を向ける。これに松倉、だんだん直政の言うことが
飲み込めてきた

「…ああ!そ、そう、この者は長年側近くで召し使っている家譜代の大切な者です。
心の通っていない親類の者を人質に遣わすよりも、他人ながらこの者を人質に差し上げた方が、
私が裏切らない保証になると言うべきでしょう。義は恩に勝るとの言葉もあります。」

「尤もである。」

と、直政は同意し、この松倉は吉岡を人質として提出した。
直政とすれば『人質があろうがなかろうが、松倉が裏切らないことなどわかっている。
しかし他の大名たちへの手前もあるので、形式だけでもきちんと人質を出しておくべきだ。』
と言うわけなのだ。

まあそんなわけで、数字合わせのような形で人質にされた吉岡さんには悪い話。
ちなみに松倉重政、小姓を人質にしたからと言って、特に面白い事をしたと言うこともなく、
普通に家康に付き従ったそうである。




459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/01(金) 17:13:13 ID:sSa6mukU
>>454
松倉さん家は後の世で大事(島原のアレ)やらかしちまったんだが、

元「筒井の右近左近」でも松倉右近さんは普通というか、ぶっ飛んだところのない
真面目な人だったんだな。
吉岡少年は出世したんだろうか。

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/01(金) 17:38:45 ID:TCCLMVDz
>>459
真面目だからアレをやらかしたんでしょ。
幕府から取り締まりが甘いんじゃねと言われて、発奮して弾圧したわけだから。

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/02(土) 09:44:39 ID:3C4SRTfy
>>459
松倉重政は右近(重信)の息子

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