FC2ブログ

松平忠吉の死と四つの棺

2010年02月11日 00:04

410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/10(水) 17:23:12 ID:PUIMc0pD
松平忠吉が若くして没した時のこと。

数名の殉死者が出たが、忠吉の遺骸を増上寺に納める際、付家老の小笠原吉次は
葬儀係の者にこのように命令した。

「殉死者の棺を四つ用意致せ」

葬儀係の者は、一旦は拝命したものの、気になって人数を再確認した。

殉死者は三名。

「あの、殉死者の人数を再度調べましたが、三名でございます。
棺の方もそれに合わせましょう。
こういう物を余計に用意するのも如何かと考えまする」

と申し出たが、吉次は

「余計なお世話じゃ」

と全く相手にしない。

さすがにむっとした係の者は、吉次に対してこう問い質した。

「はて、いま一つの棺はどなたがお入り用なのでございましょうや」

これに対して吉次、

「入る者がいなければ、このわしが追腹斬って棺を塞ぐわい!」
       _, ._
係の者「 ( ゚ Д゚)・・・・・・」


結局、棺は四つ用意された。空いた一つは増上寺の本坊の廊下の片隅に置かれた。

この時、吉次の息子である小笠原監物が奥州からやってきた。監物は亡き忠吉から
勘気を蒙り奥州松島で蟄居中だったのを早飛脚の知らせにより飛んできたのである。


「御供参りまする!!」


こうして空いた棺は塞がった。
吉次が「どうだ数が合ったろう?(AA略)」と言ったかどうかは定かではない。




スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    コレ見様によっては、「死を強要している」様にも見えて怖いですな。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    現代的観点で見れば物騒な話ではあるが、当時としては美談となるのだろう。
    このまま蟄居の身で朽ちるよりも、主に殉じて死する方がよかったのかもしれないな。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    2さんの言う通りとは思いますが、最後の殉死者が息子だと予測していたのでしょうか?

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/3628-6dee205d
この記事へのトラックバック