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伊達政宗はしょーもない人で

2010年02月12日 00:10

440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 13:08:46 ID:B2FeOEBS
「伊達政宗はしょーもない人で、『さあ呑め、もっと呑め』と酒を強要されて大変迷惑した。
つぶれた眼は飛び出し、額は下へ垂れていて、非常にnotイケメンなオヤジだった(原文「甚ダ見苦敷親父」)」
と、二代目久保田藩主・佐竹義隆はぼやいたそうだ。

上の話が書かれている秋田昔物語を読むと、関ヶ原以前も以後も政宗が一方的に
佐竹に絡んでいたような印象を受ける。(秋田側の資料なので当然か)

しかし伊達騒動が起き、とばっちりを嫌った他の旗本たちが
伊達と付き合いを絶っていた時に
佐竹の殿様は敢えて使者を送っている。

「亀千代君(のちの伊達綱村)はまだ幼いのに大変だね。
うちとそっちは古くからの親戚なんだから、相談に乗るからね」

四面楚歌、下手すると御家取り潰しのピンチにあって
佐竹の親切がよほど嬉しかったのか、借りは作りたくなかったのか分からないが、
久保田の四代目・佐竹義格が将軍綱吉に会うため登城した際に
伊達綱村は用事が済んだ後もわざわざ居残って義格の御目見が終わるのを待ち
「あの時はありがとう」と礼を述べたという。




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コメント

  1. 御神楽 | URL | -

     まーくんのウザさが目に浮かぶw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    政宗はブサメンだったから
    ファッションに異常に凝ったという側面もあるのかな?

  3. 人間七七四年 | URL | LmMdU2V.

    まぁこれまーくんが年とってからの話(佐竹義隆or岩城吉隆は1609年生まれ)だから、ブサメンというより老いぼれクソオヤジ、ってニュアンスなんじゃない?>「甚ダ見苦敷親父」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    まーくんは遺骨の発掘調査で現代風イケメンと判明してるぞ。義姫似だったから隻眼をさらに嘆かれたとか。
    そりゃ老後はメタボじいちゃんだが。
    まぁ佐竹は何かとまーくんには迷惑かけられたから愚痴りたくなる気持ちは解るがな。
    なんかのネタでも愚痴ってたよなww

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >伊達と付き合いを絶っていた時に
    佐竹の殿様は敢えて使者を送っている。

    まぁ、似非源氏とは違い本家源氏嫡流だからねぇ。>佐竹家
    ニセモノに対する意趣返しという意味もあるんだろうけど・・・・。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >遺骨の発掘調査

    青葉城跡にある政宗の顔の復元図は美化しすぎだろうw
    信繁といい、歴女が好きな武将は、実は不細工が多いな。
    もちろん、イケメンかどうかなんて、戦国大名としての価値とは関係ないけどね。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    さすがに飛び出してはいないだろww

  8. 人間七七四年 | URL | -

    (右)目が飛び出てるとしたら例の幼少時に自分でor片倉が飛び出した目を切り取ったって有名な話と食い違うけど、実際どうだったんかね?
    疱瘡で目が飛び出すってのも想像つかんが、「戦中に目を捕まれたらどうするよ?」って言われるぐらいだし妖怪・塗り仏みたいに出てたとか?
    飛び出した目のままで眼帯って付けれるかなぁ?

    しかし佐竹の文書、もし実際の描写じゃないとしたらすっげー政宗のこと嫌ってたんだなてのがよく伝わって来るw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    あくまで遺骨から見ると死ぬまで眼球はあったらしい。
    痘瘡で失明することはあるらしいが、さらに上瞼に膿がたまって腫れ上がり
    瘢痕状に垂れ下がって下瞼とくっついて目がふさがれてしまう事もあるらしい。
    その膿で膨らんだ瞼を目が飛び出たと評したのではないか?とのことだ。
    その膿を切開する行為、もしくは垂れ下がった瞼を切り落とす行為を
    目を尽き潰したと当時は思ったんじゃないかね?
    子供の頭部に短刀を深く刺して眼球抉るのは当時の医学じゃ無理かと。現代でも輸血無いと死ぬだろ。

    膿を切開したあとも切り傷が縫合できるわけも無いから傷跡が痛々しかったのかもしれんね。

    何にしろ遺言で目の事に触れるぐらいにコンプレックスだったんだろうから。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    まーくん相手じゃ言いたくなるのも分からなくはないが、人の容姿を悪意を持ってどうこう言う人間こそがしょーもない。

  11. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    別に悪意があるようには読み取れないなあ。
    現代人が壮年上司を差して「あの○○オヤジったらよー」と愚痴るのと同じニュアンスじゃないか?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    >現代人が壮年上司を差して(ry
    正に悪意を持ってどうこうな件

  13. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    悪意と思えば悪意と読めるし、ぼやきだと思えばぼやきに読める。

    まあ当時はびっ○とかめ○らとか、今では差別用語として眼の敵にされている言葉がなんとも思われずに使われていたから、
    戦国大名の人間観を現代人が現代の尺度で理解しようとするほうが無茶なのかも。

  14. 人間七七四年 | URL | LkZag.iM

    「ビッチ」って当時普通に使われてたのかよ、とモニターの前でマジ突っ込みしてしまった。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    米10、12
    人間が外見で判断されるのは当たり前であって、
    どこの国のいつの時代のどんな社会だってそうだよ。
    あんただって女を見たら、美人とかブサイクとか思うんじゃないの?

    ましてや政宗は大名なんだ。
    現在の職業で言えば政治家であって、外見が非常に大事な職業だよ。

    佐竹義隆が率直に印象を語ってくれたから
    現在の我々が、政宗の容姿を想像できるんじゃないの。

  16.   | URL | -

    歴史の教科書で読むような話より、こういう方が面白いと思うわw

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ↑↑的がずれてる。
    ただ人を容姿でけなす人間は低俗に見えるというだけの話だよ。そういう事を言ってる時の人間の表情こそが醜いものだしね。
    名門佐竹のご当主ともあろうお方がつまらん事を口にするものだと思っただけ。
    佐竹さんが率直な感想を残してくれたから云々はまた全く別の話なので、一応感謝しておこうか。

  18. 人間七七四年 | URL | iWfHidvU

    「つぶれた眼は飛び出し、額は下へ垂れていて、非常にnotイケメンなオヤジだった」というような文章、原文に書いてあるのか?書いてあるのならそういう意味で言ってるのかもしれないが。
    普通に「甚ダ見苦敷親父」って、外見の事を言ってんじゃなくて、酔っ払って飲め飲めと絡んでくる所作を、大大名にあるまじき見苦しさと言ってんだろこれ。
    伊達政宗はしょーもない人で・・・・とか前書きついてるし、ただのアンチの妄想中傷を都合よく付け足したようにしか見えないんだが。

  19. 人間七七四年 | URL | rFnOs2i6

    >つぶれた眼は飛び出し、額は下へ垂れていて、非常にnotイケメンなオヤジだった

    これって、本当にそういう風に書いてあるの?
    それだったらいいんだけど、単純に自分の悪意のある想像で書いているわけじゃないよね?

  20. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    本当にそういう風に書いてある。

    但し、秋田昔物語は筆者が直接見聞きしたものではない。
    うろおぼえだけど、確か又聞きの更に又聞きしたものを晩年になって思い出しながら綴ったもので、
    書かれたのは江戸時代だったと思う。
    だから実際に佐竹義隆が発言したかどうかは判らない。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    当時の医学の技術でつぶれた目玉を切り取ったとしても
    結局目玉の切れ端がまぶたから出てしまうのは自然であろう。
    完全に取り除こうとしたら極めて危険だ。

    政宗が眼帯外したら、やっぱり何か飛び出してたというのは十分あり得る話だ。

  22. 人間七七四年 | URL | jYbOzkUY

    佐竹の言ってることは容姿より態度の方に思える
    見た目のことでコメ欄の人がはしゃいでるのが見苦しかったな

  23. 人間七七四年 | URL | OLHiJ7es

    松島の伊達政宗記念館にも遺骨から復元した顔があるけど、イケメン親父と言って差し支えない顔だったような。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    遺骨の顔復元した東大教授もイケメンだと言ってたな…、想像と違ったと。

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