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津軽家家臣七戸修理と雷電宮

2010年02月13日 00:04

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/12(金) 21:39:44 ID:uL1KPQc/
例によってマイナー武将の話で申し訳ないが……

津軽家家臣七戸修理と雷電宮

青森県平内町は、南部と津軽の境界に位置し、かつ、両者を隔てる奥羽山脈が尽きるところにあることから、
幾度となく勢力争いの舞台となっていました。
そして、戦国の頃この地を治めていた七戸氏が信仰していたのが、現在の小湊地区にある雷電宮です。

さて、この七戸氏は福舘を居城とし、南部氏に仕えていたものの、七戸修理尚昌の代に津軽為信が勢力を伸張し、
外ヶ浜一帯を制圧するに至り、津軽氏に帰順しました。
当然、南部氏は面白くありません。ある時、大軍をもって福舘へと進軍してきました。
津軽氏の本拠は遠く、速やかな援軍は期待できませんでしたが、今更帰参しても許されないだろうと、
七戸修理は迎え撃つ覚悟を決め、雷電宮へと戦勝祈願に向いました。

ところが、真剣な祈りを奉げ、いざ戦場へ向わんとした彼が目にしたのは、何処からか集まってきた数千羽の白鳥達でした。
白鳥達は次々と境内に舞い降り、修理らを驚かせましたが、それ以上に驚くことがありました。
境内に集う多数の白鳥を見た南部勢が、津軽の援軍来るとみて引き返していったのです(羽音に驚いたという説もあり)

以来、白鳥は雷電宮の神の使いであるとされ、捕獲を禁じられました。
危害を加えられない為、白鳥は人を怖がらず、雷電宮に集まるようになったそうです。

数百年の後「小湊のハクチョウおよびその渡来地」は、国の特別天然記念物に指定され、
付近の小学生が白鳥に餌をあげる光景が、青森の冬の風物詩となっています。


今でも大切にされている『神の使い』のお話でした。
次は南部のいい話も投稿したい……




858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/12(金) 22:51:47 ID:vT6cicuu
富士川の戦いみたいだね。
明らかにそれを下敷きにした話だ。

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/12(金) 23:50:03 ID:O6oNeRnH
>>857
白鳥を恐れた鶴(南部)か。
昔あそこで白鳥にパンやった事あるがそんなエピソードが…。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | rIjDyR46

    始めまして。
    失礼ながら・・・
    津軽と南部(糠部)の境目は
    外ヶ浜と津軽の境目である大釈迦峠です。
    (浪岡町と青森市の境界でもあります)
    弘前藩の領地となってしまいましたが
    平内・青森は元々津軽郡の一部ではありませんでした。

  2. 投稿者 | URL | ENSgZKxw

    >>名無しの方へ
    失礼などとんでもない、訂正ありがとうございます。不勉強で申し訳ないです。
    今の感覚(県を南部・津軽と分けるときの)で漠然と『津軽』と認識していました。
    外ヶ浜が南部に含まれていたというのは意外でした。
    この場合『津軽氏と南部氏の勢力が接する』あたりにしておいた方がよかったのかもしれません。
    そういえば、浪岡町もなくなってしまい、寂しい限りです。

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