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徳川家康の鯉・いい話

2008年10月25日 00:07

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 16:42:35 ID:h6k95Dc3
鯉を食った話

まだ家康が岡崎にいた頃、家康は城中の池に、3匹の鯉を大事に飼っていた。

ところがある日、一番大きな鯉が消えうせていた。家康が番人に問いただすと、
家臣の鈴木久三郎という者が、殿から拝領したのだといってこの鯉を調理させ、
さらに同僚達を呼んで織田信長から送られた酒と一緒に平らげてしまった、ということであった。

なんと言うやつだ!鈴木を成敗する!怒った家康は長刀を握り締め、鈴木を呼びつけた。
御前に現れた彼は大小を後ろに投げ捨て、平伏し、言った。

「恐れ入った事をいたしました。しかし魚鳥のため人の命をお取りなさるとは、なんと愚かな。
殿の事を見損なっておりました。さあ、ご存分に!」

と、家康の前に首を差し出した。

このとき家康は気がついた。つい先日、城の堀で魚を盗った徒士と、禁猟地で鳥を撃った
家士がいて、近く処刑するつもりで捕らえさせてあった。
鈴木は、命をかけてそのことに対する諫言をしているのだ。

家康は手に持った長刀を放り出すと

「久三郎、一命を許す」

と言って、奥に引っ込んでしまった。先に捕まった二人の家士も許された。


なんとも家康らしいお話。



789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 16:51:42 ID:pD1DaVxm
家康はほんと素直に他人から学びました的なエピソード多いな
>>583の逸話の陰にはちゃんとした裏打ちがあると思い知らされる

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 17:48:48 ID:djkSss1j
そういうのが雪斎禅師の教育方針だったのかねぇ。
他人から柔軟に学べる人は強いからな。

791 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 18:36:27 ID:GXKM3UE2
いい話だけが選択されて伝わっているにせよ、「さすが」って思わせるね。

792 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 18:57:05 ID:Bn01b35c
殿の刑事判断を見守って、誤りと思えば命がけで訴える
領民・家臣・下人を問わず一人ひとりの命を重んじる

家康本人の分とあわせて、三重の意味でいい話だ

793 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 19:00:26 ID:6rgMDJhj
命を懸けて諫言した鈴木某も偉いけれど、「ウチの殿さまならわかってくれるだろう」的な信頼感が
あった上での行為のような気がする。

794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 19:22:48 ID:33JerpJg
たしか鈴木の久ちゃんは三方が原で
家康を逃がすために討ち死にしてるんだよな・・・
まさに忠臣

795 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 19:31:40 ID:x+hZ5fM5
久三郎の最期を見るに、心底家康に忠義つくしてたんだな…

796 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 19:44:42 ID:x+hZ5fM5
連書きだけど、久三郎は最期も
「ここで討死する!」って言って聞かない家康に

「殿は逃げなされ!」って言って、家康の馬の尻叩いて、無理矢理走らせて、

自らは甲冑借りたかは、失念だけど

「我こそは、徳川家康!我が首とって手柄といたせ!」

って叫びながら、敵勢に突っ込んでったんだよね

ソースは、小学生の頃読んだ、学研の漫画伝記


797 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 19:54:54 ID:oz1jw5yz
夏目さんも忠臣だったよな

798 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 20:31:59 ID:I/xq0TQn
三河武士団はなんというか凄まじいよね、いい意味で
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | KD5XUSzs

    夏目さんと鈴木さんが混ざり合ってるなw

  2. いいひと | URL | -

    追加

    鈴木は織田が許すといったのに対し、
    「ここでやめては一回言ったことを取り消すことになります。
     一城の主たる者は簡単に意思を変えてはなりませぬ。さあ」

    といった。
    信長は泣いて
    「これが最後にするから許してくれ」
    といった。
    鈴木は許されることになった

  3. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    まったく関係ないのに許したり泣いたりできる織田信長って最高だな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    鈴木久三郎の三方が原の状況は以下の通り(wikiより)

    三方ヶ原の戦いで徳川軍は武田信玄に敗れ、総崩れとなった。この時、久三郎は家康の身代わりとなろうとしたが、家康は家臣を死なせて落ち延びることを拒んだ。久三郎は怒り、家康から軍配を奪い取って一人敵中に取って返した。この後、生還したという(徳川実紀)。

    生還・・・ある意味すげぇ。

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