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増田盛次の討死について、『元和先鋒録・附録』より

2010年03月05日 00:09

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/04(木) 18:15:36 ID:KGjRQfAN
空気読まずにスマン。
まとめ読んでて思い出したんだが、
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3731.html
増田盛次は藤堂家臣磯野平三郎に討ち取られたわけだが、当初は誰なのか解らなかった。
そこへ増田家に仕えていた老女が噂を聞きつけて尋ねてきた。
老女の話と、その若武者が身に付けていた武具が一致した為、ようやく身元が解った。
磯野は老女に盛次の形見として短刀を与えたと言う。

で、藤堂家でこの一件についてこんな論評があった。

甲「あれほどの勇士なら最初から討死は覚悟してただろうね。
それなのに、武器や甲冑、羽織の裏に名前を書いてなかった。
若いから興奮してて、細かいところまでは気がまわらんかったのかな?」

乙「盛次の立場になってみろよ。父の長盛は幽閉されていたんだぞ。
自分が大坂方について討死したと知れたら、長盛は徳川家に死を命じられる。
だから大坂方へつきながらも名前をだせなかったんじゃね?」

甲「なるほど。親孝行者だなあ。でも、長盛は自殺させられてるし。結局、ばれたんだな」

乙「大坂の陣が起きる以前には真田父子や長宗我部さえ助命されてる。
けど、豊臣が滅亡しちゃえば、もうジャマものはない。長盛やっちゃっても誰も文句いう奴はおらんからな。
ぶっちゃけ息子が大坂へ入城しようがしまいが殺されてたと思うよ。
そのあたりは若い盛次には読めなかったんだろうね。でも父を思う心は尊敬するよ」

『元和先鋒録・附録』より。多分、記録者の論評。





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コメント

  1. 御神楽 | URL | -

    シビアな論評だなぁ。

  2.   | URL | -

    孝心で死んだ人間を、後世とはいえズタボロに言わんでも(´・ω・`)

  3. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    結構リアルな話だと思われ。

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