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板倉重矩「戦国時代草創の君主と家臣はこれと似ている。」

2010年03月07日 00:14

413 名前:板倉重矩[sage] 投稿日:2010/03/05(金) 22:07:56 ID:QYuRd/Dj
病気の者は療養中は医者に頼り、友として過ごすものだ。
が、回復すると逆に医者を嫌って遠ざけてしまう。

戦国時代草創の君主と家臣はこれと似ている。
君主は最初、必要に迫られて親しく家臣を使う。
しかし、目的が遂げられると家臣がうるさくなり遠ざけてしまう。

一方、家臣は家臣でおのれの功を誇り、恩賞の不満を訴えるので
終わりをまっとうできないことがほとんどだ。

君主も家臣もこのことをきちんと心に留めなければいけない。




414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/05(金) 22:51:19 ID:ci+e//Eh
>>413
その辺りの機敏を心得て身を引いた人に張良が居るけど、
戦国日本でこういう人って誰かねえ

416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/05(金) 23:10:44 ID:06h0K1pA
>>414
黒田の大殿とめんどくさい家臣団

一人若殿時代にドロップアウトしたし大殿自身は上に疎まれ気味だったけどw

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/05(金) 23:18:10 ID:Qjk10Ifx
字の巧い四天王の人は関ヶ原後に身を引いた説があるね
この人は兄も信康事件に後悔して隠居したんだっけか

418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/05(金) 23:37:34 ID:GajkJZ2U
望めば相当な地位を得ることが出来たのに、
それを拒否して引退っていうのも簡単に出来ることではないよな。

まぁ某佐渡守が要職に就くのを妨害したって説もあるけど。

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 00:31:39 ID:NYYWfN6W
>>414
本多正信とか?息子でだいなしだけど

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 00:41:40 ID:jsh5s4xD
一族郎党を養わなきゃならんってのもあるしねえ。
張良も、孤児で一族がいなかったから、個人の思惑で好きに生きれたってのもあるし。

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 00:50:15 ID:NYYWfN6W
大久保彦佐衛門が最晩年に加増を断ったって話もどうなんだろうね
三河物語を読む限り、絶対に泣いて喜ぶ人だと思うのだけどな

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 01:06:29 ID:kmH+I2+N
>>414
敢えて言うなら柳生宗矩。
自分は政治能力あったから活躍したけど、息子はないからただの剣術指南に格下げしたあたりとか。

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コメント

  1. 名無しさん@お腹いっぱい。 | URL | -

    有楽さんとか常真さんとか
    まぁ身を引いて全うしたんじゃね

  2. 人間七七四年 | URL | Aszvn8R.

    有楽さんはともかく三介殿は最後の最後になって漸く自分のアレっぷりを自覚した気がしないでもない

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