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豊臣秀吉、大友義統に怒る

2010年03月12日 00:02

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/11(木) 19:27:31 ID:5K9XAPPc
豊臣秀吉、怒る

朝鮮の役、文禄二年一月(1593)、明軍は攻勢をかけ4万3千の大軍で小西行長らが守備する
平壌を包囲した。
この時、小西行長から救援要請を受けた大友義統は、行長が戦死したという虚報を信じて撤退し、
鳳山城を放棄した。

この報を受け豊臣秀吉は激怒、すぐに義統を名護屋に召喚した。

「義統!今回お前を渡海させたのは何のためか!?
大名でもあり朝鮮の地理にも詳しい、それ故に諸将が危機にあったときにこれを救う
遊軍としての役割を期待して、朝鮮に渡らせたのだ!それがどういう事だ!?
明の大軍を恐れ小西を救わず、それだけではなく急の出陣に度を失い慌て騒いで
逃げ出したこと、前代未聞の怯懦臆病である!!

この秀吉は卑賤の昔からこの年まで、未だ敗北と言う屈辱を蒙ったことが無かった!
それなのにお前が、この戦役でも初めて明軍のために敗走し恥を晒した。
これはお前一人の恥ではなく我々全体の恥であり、日本国の瑕瑾である!

お前が昔島津と戦ってわしに援軍を頼んだとき、わしにはお前を助ける言われは無かった。
にもかかわらず援軍を出したのは、助けを乞われてこれを捨ておくことは武将として恥辱であると、
そう考えたからだ!

そうして援軍を派遣した時も、お前は島津の少勢に破られ、本城に入ることすら出来ず、
妙見龍王あたりまで逃走していた。これは浅知と呼ぶべきか臆病と呼ぶべきか、
少なくとも武士の列に入るものではない!
それでも我が兵は島津を追い払い、お前を本城に返してやった。

それから、以前の諸侯昇殿の時、お前はしきりに羽柴の姓を欲しがった。
大友といえば頼朝以来の名家である。それ故にその氏が改まらないようにと、わしは
わざと我が姓を与えなかったのに、お前はわしの深い考えを悟ること無くしきりに所望した。
それで仕方なく羽柴姓を許した。
これもお前が愚かな故であるが、わしにもお前の願いは聞いてやりたいとの心があったためだ。
そうであるから天意を伺い、お前に官位も頂いてやった。

が、お前は何だ!?その様なわしの心を気にもせず、不義臆病な振る舞いをし、
秀吉に恥辱を与えるとは!

この上はおまえの首を跳ね諸人の見せしめにもするべきであろう!
…だが!」

大友は頼朝以来の名家あるため、その故を持って、義統は死罪だけは免じられ、所領は没収。
義統は他家お預けとなったとのこと。

大友義統、これでもかと言うほど罵倒される。と言うお話。




186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/11(木) 19:41:56 ID:RXDaSmjk
こてんぱんだなw
まぁその通りだから仕方がない
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    またさり気なくワシは負けた事ないもんねって言ってる
    家康に噛みつかれるぞ…w

  2. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    まぁ殆ど本当の事だから言われて当然の人。
    しかし、親父が活躍した人の息子ってのはどうしてこうも無能が多いんだろ?
    地味加藤さんの所とか。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    義統の場合は本人の器量も悪かったかもしれないが、一重に親が悪い
    宣教師の記録なんかには両親の不仲さに振り回される様子や
    親父の気まぐれな発言や行動に振り回される様子が結構悲惨に記されてるしな

  4. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    まぁこんなバ○殿でも、吉弘加兵衛の様な人が使えてくれるんだよね。
    やはり、当時の人・家との繋がりって現代より濃いんでしょうねぇ。
    こんなバ○殿様より、大人しく江戸の息子の元に行って居れば・・・。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >お前が昔島津と戦ってわしに援軍を頼んだとき、わしにはお前を助ける言われは無かった。
    にもかかわらず援軍を出したのは、助けを乞われてこれを捨ておくことは武将として恥辱であると、そう考えたからだ!

    実際は大義名分を得て万々歳でした。

    >そうして援軍を派遣した時も、お前は島津の少勢に破られ、本城に入ることすら出来ず、
    >妙見龍王あたりまで逃走していた。これは浅知と呼ぶべきか臆病と呼ぶべきか、
    >少なくとも武士の列に入るものではない!

    勝敗は兵家の常。
    負けたことで武士ではないとは、戦を知らない。

    >それから、以前の諸侯昇殿の時、お前はしきりに羽柴の姓を欲しがった。
    >大友といえば頼朝以来の名家である。それ故にその氏が改まらないようにと、わしは
    >わざと我が姓を与えなかったのに、お前はわしの深い考えを

    そりゃ権力を与えたくなかっただけだろ。

  6. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    負けたのはいい
    だがその後、家臣どころか隠居した親父まで豊後で頑張ってんのに豊前まで一目散ってのはね・・・

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