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榊原康政にオンボロの鎧を送った男、神谷金七の消息

2010年03月19日 00:01

831 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2010/03/18(木) 01:50:39 ID:Efn9ESs2
榊原康政が若い頃、徳川家康の直参に抜擢されたとき、
親友の神谷金七という水野信元の家臣が、餞別として
オンボロの甲冑をくれた。
詳しくは「榊原康政と破れた具足・いい話」
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2227.html
を是非参照して欲しい。

当時、甲冑は大変高価な物でオンボロでも本物の甲冑は
手に入りにくい貴重品でもあった。ちなみに、神社の奉納品を借りて
合戦に参加した武士もいたほどである。

榊原康政と破れた具足にも書かれている通り、榊原康政は直しながら
一生神谷からもらった甲冑を着用し続け大名となったが、
神谷金七の方は家康の直参と成らず家康譜代の将の陪臣として勤務し続けた。
彼が自分が餞別に渡した甲冑を着て武勲を上げ、
出世した康政をどんな気持ちで見ていたかはわからない。
もしかしたら甲冑のことを肴に自慢話のネタにしたのかも知れない。
ただ、彼の消息はわかっている。

神谷金七(水野勝成家臣):1600年大垣城攻防戦にて戦死

神谷金七のあげた甲冑は榊原康政の肖像画と共に榊原家の家宝として今に伝わっている。




832 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 06:15:22 ID:VVtD/4Ra
( ;∀;)イイトモダチダナー

835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 13:11:51 ID:Cvwk/4f+
>>手に入りにくい貴重品でもあった。ちなみに、神社の奉納品を借りて
>>合戦に参加した武士もいたほどである。

スレチだが
日中戦争の頃に近所の小学校から具足一領借り出して突撃し、城内突入一番乗りした陸軍将校を思い出した


836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 15:00:52 ID:CTxxQnoi
新聞に載ったけど誰だか解らないって人だっけ

840 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 20:03:04 ID:Cvwk/4f+
>>836
いんや、具体的に名前も所属もわかってるよ
陸士35期の金丸高秋
当時は歩兵47連隊第二大隊

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 20:17:56 ID:CTxxQnoi
金丸中尉、今検索してきた
アナクロ過ぎて黒歴史っぽくされたって感じだったのを記憶違いしたのか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これはマジでいい話
    榊原家もよく保管してくれていたもんだ

  2. 名無し隊員さん | URL | -

    この金七さん、同一人物か?
    代替わりしてない?

    それと、子孫が水野家中に残ってないかな?
    同じ「金七」で。

  3. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    戦国時代と言うと殺伐としたイメージの中、こう言った仲間思いなエピがあるとグっとくる物が有りますな!

  4. 人間七七四年 | URL | -

    いい話ですな~
    戦国にはこういう話があるからいいわ~

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >2
    神谷は大垣で戦死時には水野家次席家老まで昇進してたから不自然な話でもないかと。
    ちなみに福山藩水野家にはおそらく息子と思われる神谷姓の重臣がいて、土木工事の業績で歴史に名を残してます。

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