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栗山利安の貸金

2010年03月28日 00:06

75 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 22:16:23 ID:U/MISp0j
息子と若き藩主の不和という心残りを残しつつ、81年の生涯をまっとうした栗山利安

息子の大膳が父の遺産整理をしてみると、なんと銀百貫目もの未返済の貸金があったと言います
栗山利安という人はつつましやかで忠義心が厚く、家中の者には身分の上下を問わず慇懃でありました
華美贅沢を好まず、倹約かなところはさすがあの黒田親子の重臣というところであり、
家中の者が普段派手な服を着ているのを見かけると呼びつけて、
「衣服には礼服と、普段着と、晴れ着があって、普段から豪奢な服を着るもんじゃない」と叱りつけ、
高い馬を買ったものがいると聞きつけるとそのものを呼びつけて、
「どんないい馬でも二頭分の働きをするわけじゃない」と苦言を呈したと言います
と、一見とても吝嗇な御仁に思えますが、大事な時には惜しげもなく金銀を遣ったそうです
そして、とても面倒見のいい彼は
「なに? 殿の江戸出府にお共する支度をしようにも金がない? よし、貸してやろう」
「仰せつかった普請をしようにも金が足りないそうだな。俺が貸してやろう」
と、部下たちに気前良くお金を貸していたそうです
しかも、後で返済に来た分は受け取るが、返済しないからと言って取り立てることもなかったようで、
そうやって積もり積もった貸金が、筑前入府から利安死後の30年間で積もり積もって百貫目だったそうな

ちなみに一貫目=1000匁で、慶長14年で1両=銀50匁だから、2000両?
1両が現代でいくらになるかは5~20万と諸説あるそうですが、
とりあえず寛永期なら下女の年間の給料が0.5両だそうです




77 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 22:27:11 ID:JNpqLnNb
>>75
この時期は1両の価値が最も高かった頃だと思うから、20万円とすると
4億円ですか。おそろしい。
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