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紹運の華麗なる鎮圧

2010年04月13日 00:05

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 22:40:57 ID:+/vaSJEt
流れをぶった切り長文を投下

紹運の華麗なる鎮圧

高橋紹運の家臣に北原鎮久なる人物がいた。
この人物、高橋家に古くから仕え高橋鑑種の頃からの筆頭家老として高橋家に重きを成していた。
ただ、高橋紹運の重臣といえば忠勇義烈のイメージを抱くがこの北原鎮久は「勇あって智なし、ただ貪欲無道のもの」とのこと
まあ、言うなら性格の悪い脳筋といったところだろうか。
紹運が高橋家に入る前の当主高橋鑑種と不和になり家臣一同と放逐を画策。
大友宗麟に嘆願し、鑑種の高橋家の家督を剥奪させて、吉弘鎮種(後の紹運)に高橋家の名跡を継ぐことに
功の有った人物である。

高橋家の中心として順風満帆だった北原鎮久だが、彼の運命が暗転するのは大友と島津の大戦、耳川の戦いである。
大友が大敗し、大友家の勢威が一気に衰えるが高橋紹運は揺るがない。戸次道雪に従い、大友家の勢力維持に奔走。
しかし、以前主君を放逐したことのある鎮久は未来の潰えた大友家のために懸命なこの紹運の行動を批判的であった。

これに目をつけたのは秋月種実。大友に常に抵抗していた種実は家臣の内田善兵衛に北原鎮久を篭絡する事を命じた。
あっさり高橋紹運を裏切る事を決めた北原鎮久は岩屋城の機密を秋月種実に漏洩をし始める

が、この北原鎮久、なぜかこの時点で紹運に大友を見限るように説得を試みるのである。
北原の説得に応じるくらいなら島津も苦労はしない。
紹運は即断で断わり、北原は懇意にしていた住職に「こんな機変のわからない主なんざ追い出して
他の話のわかるやつを迎えてやンゼ!」
と紹運の放逐を画策し始めるのである。

謀略に時をかけるのは失敗のフラグ。

そのフラグの通りあっさり紹運に露見。北原鎮久が城に登城したところを紹運の懐刀、高橋家の死刑執行人こと
萩尾大学により成敗!
これでめでたし高橋家は奸臣の排除に成功として話は終わるのだが・・・


299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 22:42:52 ID:+/vaSJEt
これでは北原鎮久のありきたりな謀反失敗のちょっと悪い話。
ここから話の中心として主人公を掻っ攫うのが男前な紹運。

当然、当主の誅殺の大事件は北原家に伝わり、鎮久の謀略を全く知らない息子種興は激怒。弔い合戦の準備を始める。当然である。
そこで種興に一通の書状が届く。差出人は高橋紹運。
その書状には今回の鎮久誅殺の仔細が書いてあり、事情の知らない息子種興には一切、罪は問わず北原鎮久の
遺領をそのまま継ぐことを認めるという内容だった。
これに種興は、自分の父の非を認め、それを恥じ、その汚名を雪ぐために紹運に一計を提案する。

一方、秋月種実は北原鎮久の内応確約の書状を受け取り、内田彦五郎に命じ300名ほどで岩屋城を奪うべく進発させた。
もちろん北原種興の策略である。
そして、内田は待ち受けていた紹運率いる軍勢に散々に討ち破られ、もちろん内田彦五郎は戦死、
率いていた300名のうち生きて帰ったものは30余名ほどという全滅に近い敗戦を喫するのである。

秋月の軍勢をおびき寄せ汚名を雪いだ北原種興はその後、高橋家の重臣として重く用いられるのである。

下克上の戦国の世。謀反の疑いがあるだけでも一族総誅殺が常識のなか、相手を許すだけでなく
書状一枚でその信用を勝ち取るのもすごい。
乱世に咲いた鮮やかな華には立派な根が生えている。
そんな事をイメージさせる高橋紹運の男前な謀反の鎮圧方法のお話でした。




300 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/11(日) 23:04:50 ID:pzwLQmiy
高橋紹運公は誠の武士ですね!!

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 00:15:09 ID:UbVIhXU/
福岡県の教育委員会は高橋紹運公、立花宗茂公を学校で語り継ぐべき

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 00:56:41 ID:sICI0P9l
乱世に咲いた鮮やかな華には「立派な根が生えている。」
そんな事をイメージさせる高橋紹運の|男|前な謀反の鎮圧方法のお話でした。

スマン、変なところに目が釘付けになってしまった

303 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/12(月) 02:07:21 ID:vQcWbw6L
福岡県なの?
土地勘のないオレには高橋さんちって福岡県ってイメージないんだが・・・
大友さんちは大分って感じしてるし、どうなんですの?

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 02:42:41 ID:oB0UpGAI
岩屋城なんて福岡も福岡で現太宰府市にあるんだぜ。

それに比べて戦国期の熊本はねえ……南部は相良氏がいたけど北部は菊池氏が滅びて以降、国人達が乱立してたからなあ。
ただ、それだからこそ加藤清正を神格視したんだろうけどね。
とまあ本来他所から入ってきた加藤氏や細川氏の逸話がほぼ占める熊本県民としては羨ましい事です。

305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 03:35:34 ID:Lf1cztYd
福岡県は筑前・筑後・豊前(小倉とか門司とかのね)が合体

大分はほぼ豊後

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 10:33:35 ID:nhjwhC3O
>>305
今は山国川が県境になっているけど、昔はあそこはとくに境界でもなかった。
だから、門司から宇佐あたりまでずっと豊前国なんだよな。

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 10:48:56 ID:GrwTST0L
>>302
間違ってない間違ってないと思うよ
あいつの根はスゲー筈だよww

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 12:28:54 ID:IygLhv81
>>303
大分県西部には高橋紹運ゆかりの神社仏閣が、非常にマイナーな感じで点在している。
地元の歴史家とかもスルー気味だけどね。福岡県にあれば、もっと注目されたかもね…

309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 14:02:25 ID:+DFSwLNX
やっぱり「福岡」と言えば、黒田家だろう

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 16:48:52 ID:gD1Gt5i/
そうだね。
駅の名をわざわざ「博多」にするくらい黒田家。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    相変わらず紹運はカッコよすぎる!

  2. 人間七七四年 | URL | GVJKsPKg

    紹運公は辞世の句通り‘雲ゐの空’に名を残した。

    やっぱり紹運公はカッコイイ!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この実父にあの養父があったからこそ完全超人宗茂が誕生したんだなあ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>310
    長亀レスだが駅名と黒田家は関係ないぞ。

  5. 人間七七四年 | URL | UjCiS6jA

    >>4
    黒田がつけた「福岡」の名前が馴染んでないという皮肉だろう

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