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意外な男の意外な甲斐性

2010年05月02日 00:02

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/01(土) 08:33:33 ID:t0vXp0Eu
意外な男の意外な甲斐性

このスレの住人ならよくご存知の通り、織田信長は最初から尾張一国を支配してた訳では無い。
守護職だった斯波家はまあいいとしても、守護代織田家が、それも二つあった。
その内の織田伊勢守家の当主信安は、信長の弟と組んだり斉藤と組んだりして対抗していたが、
ついには自分の息子に追放されてしまった。
しかしこの息子も信長に敗れ去り、信安には帰るべき家も無くなってしまった。
やがて時は流れ、信安は無害無力であるが故に信長に許された。
が、逆に言えば戦国の表舞台からも置き去りにされ、細々と暮らすだけであった。
やがて信長も本能寺で亡くなり、秀吉も死に、家康が関ヶ原で勝った後、いよいよ窮迫した信安はある男を頼った。
山内一豊。かっての彼の家臣の息子であり、旧臣の中では最大の出世頭であった。

信安「というわけで面倒見てね」
一豊「……(わざわざ掛川から土佐まで来やがるとは……)」

信安は一豊に養われ、土佐でその生涯を終えたという。

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/01(土) 08:54:17 ID:ck3Aj6K3
>>679
交通が飛躍的に発達してなきゃ、流通よりも地元の食い物の確保の方が大事だしね
群雄割拠の戦国時代に突入したのも、寒冷化による食糧難で広範囲の支配が困難になったからという見方もできるだろうし




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    土佐で死んだという説が正しいなら、100歳近くないか?
    しかし、戦国の一番濃い時代を一番濃いところで体験しながら、否応なく部外者になっていったのはどんな気持だったのかね?
    「俺も昔は信長と・・・」

  2. 化け猫 | URL | -

    せつねえ……。

  3. 名無しさん@お腹いっぱい。 | URL | -

    本でも書いてりゃベストセラーだな

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