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「この母にして……」

2010年05月15日 00:02

934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/13(木) 20:08:52 ID:ufwJm/+3
「この母にして……」

このスレでも何かと話題の初代紀州藩主頼宣さんの少年時代の話。
昼になってもまだ朝顔が咲いているのを見つけ、母・お万の方に手紙と一緒に贈った。

頼宣「朝顔が昼になってもまだこんなに元気に咲いてますよ。どうぞ御覧になって下さい」

これに対するお万の返事は……

お万「朝顔の贈りもの、ありがとうね。人間もこの花のようなもの。的確な養生をすれば短い生命も長くなるというものです。
   これを忘れないように。家や国というものも、この心で見れば長久を保つことが出来るのですよ」

朝顔一つでも家や国家についての説教に変えてしまう。これが賢母というものであろうか。
こんな母からどうしてあんなにヤンチャな子が……と思ったら、彼女自身がとんでもないことをやっていた。
小田原の陣。上総勝浦城主正木左近大夫頼忠の娘であった彼女は、落城の際に海に面した50m近い
断崖絶壁に布を垂らして、それを伝って海上脱出に成功したのだという。しかも弟や母を背負って……当時14歳。
(10歳説もある)
単純に15階位のマンションから布を伝って脱出するようなものだ。
史実としては辻褄が合わない点も色々あるが、現在でもそこは観光名所であり、この伝説が掲示されている。
色んな意味で、戦国の女はやっぱりすごい。




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    小田原じゃなくね?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    あんまし関係ないけど、養珠院さんが湯治に来ていた吉奈温泉、東府屋旅館が
    自己破産を申請しました。
    「子宝の湯」として、少々有名だったのですが・・・・。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    Wiki見ると里見義頼と正木憲時が争った時の勝浦城の話みたいだね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    現地の案内板には「小田原の役」の事だって書いてあるぞ。
    まあ史実との整合性が無いんだが。

  5. 人間七七四年 | URL | aNn4.8kc

    埋もれた古城 勝浦城 より
    ttp://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Chiba/Katsuura/Photo/FromToudai.jpg

    両側が絶壁の半島が勝浦城

  6. 人間七七四年 | URL | -

    お万の少女時代は諸説紛々よく解ってないんだよな
    実際はオヤジと一緒に安房には住まず、小田原に残ってたって言われてるし
    家康に見初められうんぬんも、正木よりもむしろ
    母方の板部岡あたりの手引きがあったのかもしれん

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