FC2ブログ

中村一氏と加藤明成、二人の式部少輔

2010年05月17日 00:04

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/16(日) 21:03:20 ID:hUh25fK5
中村一氏は秀吉の最も古くからの家臣の一人であり、様々な戦いに参加し、武功を挙げてきた。
小牧長久手の戦いの際に雑賀・根来衆の一揆から岸和田城を守り抜いた功により、翌年には近江水口城主となり、
従五位下式部少輔に叙任される。

一氏は秀吉の家臣団の中でも、とくに武勇に優れた人としてその名を知られていた。
賤ヶ岳七本槍の一人・加藤嘉明などは、一氏の武勇にあやかりたいと思って、息子の明成を式部少輔にしたほどであった。


しかし、式部少輔を受け継いだ加藤明成という人物は、どうにも評判が良くない人物であった。
家臣団と対立し、度重なる城郭改築からくる財政難のために圧制を敷き、民から金を巻き上げていった。

それもただ金銀を集めるのではなく、彼が集めたのは一分金ばかりであった。
人々は官名の式部少輔に引っ掛けて、加藤一分殿と揶揄したという。



式部少輔にまつわる、中村一氏のいい話と加藤明成の悪い話。




スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    中村さんも地味な方の加藤さんも本人が優秀でも息子があれで家を潰したなあ

    うーん、感慨深い

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >雑賀・根来衆の一揆から岸和田城を守り抜いた功
    根来衆があやつる大甲虫アゴンや大百足ドグマといった怪獣を赤い仮面の飛騨忍者があやつる大蛸が撃退したんですよね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/4152-63d156e0
この記事へのトラックバック