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慶長五年、伏見城秘密会議

2010年05月19日 00:02

829 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 18:09:51 ID:5j5bImY6
慶長五年(1600)6月9日、徳川家康は上杉征伐のため大阪を出発、伏見に入ると本多正信、井伊直政、
本多忠勝、榊原康政らを呼び秘密会議を開いた。

家康は言う
「今度の景勝の謀反、あ奴一人で考えたものではあるまい。
四国、九州、そして上方筋の多くの大名が景勝の与党となっておる。そしてその首魁は、石田三成。

わしが関東に下れば、上方で必ず蜂起が起こるであろう。それ故にわしは、上方の様子を確認しながら、
会津へはゆっくりと進もうと考えておる。お前たちもそう心得ておけ。この事、ゆめゆめ外に漏らすことのないように。」

これを聞いて本多正信が発言をした
「そのように石田三成が謀反を起こすと予測されているのなら、景勝の討伐には毛利輝元、宇喜多秀家、小早川秀秋、
その他島津、立花、鍋島らを遣わし、上様は大阪に留まってはどうでしょうか?」

誠にごもっともである。だが家康の考えは違った

「悪い!正信その考えは悪い悪い実に悪いぞ!あ奴らを遣わせば、かの地で景勝と一味し逆に江戸に攻めてくるわ!
その時になってわしが関東に向かおうとすれば、石田三成とその与党が蜂起しわしの動きを食い止めるだろう。
そうなったらわしも動くに動けず、江戸城も攻略されてしまう!

関東は今の我々にとって「根」に当たる。わしが関東に下れば、たとえ日本中が敵になろうと防ぎきる自信がある。
その上今回付き従う諸将のうち、年来わしに心を通じている者たちは全て、この上杉討伐に同道する。
もし大事が起こってもこの者達は皆味方になるであろう。
そう考えているからこそわしは、自ら討伐に向かうのだ。」

この家康の言葉に皆は、大いに伏したとの事である。

なんとなく家康と正信の見事な連携プレイの気もするが、それはきっと穿ち過ぎなのだ。
まあそんなわけで本多正信の受け答えが悪かったお話。





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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    も、元就……

  2. まとめ管理人 | URL | -

    Re: タイトルなし

    > も、元就……
    輝元ですよねw直しておきましたー。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    佐渡殿だったら家康の考えを分かりきった上で、敢えてネタ振りした可能性はあるなw

  4. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    個々の裁定が気に入らなかったら、わざとらしく狸寝入りするサドの守だからねえ。
    家康に訂正されることを予想した上で、あえて自ら凡策を諮ったとしかおもえんよーな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    サド…ムライ中将みたいだな

  6. 人間七七四年 | URL | sEWHdanE

    榊原正康って誰さ?

  7. まとめ管理人 | URL | wZ.hFnaU

    ※6
    榊原康政の誤記でしょうね。直しておきますー

  8. 人間七七四年 | URL | PIpocw5A

    なんてか見事に西軍って感じのメンバーだけど、
    ネタ振りって意味で言うと七本槍の名前が出てもよかったんじゃないだろうか
    後世のこの話を考えた人が西軍の面子だけで考えたのかな

  9.   | URL | 6Q0aW8YQ

    もうサドさんはわざと訂正されるためにネタ振ってるようにしか見えない

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