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本多正信「昔、まだ我らが浜松を居城としていた頃のこと…」

2010年05月19日 00:03

816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 02:50:42 ID:bubPgy+h
「昔、まだ我らが浜松を居城としていた頃のことじゃ。
ある夜、家康公に、わしの他三人が召しだされたが、三人のうち一人が懐から書付を取り出し、家康公に差し上げた。

「その書付は何じゃ?。」
「以前より、私が考えていた事等を書き付けておいた文にございます。殿のご参考にもなるかと思い、持参しました。」
「それは感心。佐渡よ、その書付、ここで読んで聞かせよ。」

わしは御意に従い、読み上げた。それは、家康公への数ヶ条に渡る意見書だったが、家康公は、一ヶ条ごとに
「もっともな事である。」などと相づちを打ちつつ、最後までお聞きになられ、
「ようやった。これからも気づいた事があれば、遠慮なく申し出よ。」
そう言って別の用事を言い渡し、三人を下がらせた。

三人が退出した後、家康公がわしに「今の意見、どう思う?」と聞かれたので、わしは率直に
「一つとして、殿の役に立つ事はございませんな。」と申し上げた。

「いや、それでもあやつが考え抜いて書いてくれたものなので、そこまで言わずとも良い。わしも正直、『なるほど』と
思える意見は無かったが、考えた事を文にまとめ、折を見て主君に伝えようとするその志は尊いものだ。

普通、自分の過ちなど気づかぬものだ。だが、小身の者は同僚・上司や友人で互いに意見するので、改めることが
出来やすい。これは、小身の長所でもある。
だが、大身の者は気位高く、そうそう同僚とも打ち解けた話などしないし、家臣も意見を述べにくい。
よって、過ちを改めることが無い場合も多い。これは、大身の損でもある。およそ、上の者が下の者の意見を聞かずに
滅んだ国や家の多いことよ。」そう言って、家康公は話を結ばれた…」


大御所・家康の思い出を語った本多佐渡守正信は、昔時を振り返り落涙した。
聞いていた息子の上野介正純は、
「ほうほう!その書付は、どんな文言でしたかな?」「同席の三人とは、誰と誰ですかな?」と正信に尋ねた。
「……それをお前が知って、何になる?」正信は苦りきって、話を打ち切った。




817 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 02:58:15 ID:531HHbYI
佐渡「駄目だこいつ・・・話の要点を全く理解してねー・・・」

818 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/05/18(火) 03:25:41 ID:WxD8E4h+
>>816
途中までは「そんな有名な話をいまさら」と思ったが。
最後で来たな。

本多息子は人間の底が浅いな。

819 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 04:31:00 ID:A8BcqSWE
>>816-817
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1222.html
→ http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1251.html の別バージョン、かな。


>818倅の上野殿は本佐(サドの守)より底が浅い、と後世の人に思われていた、ってことだわね。
頭の回転が速すぎて、却って周りに気の利かない人=石田治部みたいな だったんかなあという気はする

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 07:44:37 ID:tgKJqx2c
三成と正純は生きてりゃ親友同士になれただろうなぁw

821 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 08:12:19 ID:Gyf7WKsp
佐渡は三成馬鹿にしてそうだけどなあ。
どっちかというと上野と三成が理解し合えそう。

822 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 08:40:51 ID:pVlwDfZ7
> 上野と三成が理解し合えそう。

関ヶ原の後の逸話を見ると、正純の小物っぷりでそんなのなさそうだけどね。

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3139.html


823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 12:41:28 ID:0Ux1dBYG
立場が逆なら上野もそれくらいは言いそうだけど。
秀吉が生きてたころや、島津を置き捨てにしたりしてたころの三成はこんなこと言えなかったと思う。

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 12:49:31 ID:WbQbV1pM
>>820-822
同類かも知れないけど、三成と上野では、
上野が小物過ぎる。

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 13:45:09 ID:3jMqTa0s
治部は馬鹿真面目な能吏で
上野は一流半の謀臣ってイメージではあるけど。

直江山城はどっちとも仲良かったんだっけ?
やっぱり同類ではあるのかな。

826 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 14:12:42 ID:WbQbV1pM
人が一番嫌いなのは、自分に似ているけど、自分より劣る奴。
だから治部と上野は、時部が一方的に嫌いそうw

山城はまた少し違う怪物な気がする。

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 14:26:56 ID:KODLGMjO
同僚ならともかく部下としてなら自分の縮小再生版は好まれる傾向が

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 14:49:34 ID:K843V8uD
佐渡は直接治部少相手の謀略を練ってたから、よく理解してたろうけど、
結局戦場以外で佐渡の想定を上回る行動取ったとも思えないから…。

行政官僚として憎まれ役もこなした板倉勝重なんかは治部少と話があったかも。
まあ、譜代の武ばった連中のほうがむしろ治部少に一定の評価与えてそうだけど。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    三成は機転は利くけど空気が読めないタイプ、
    正純は機転は利くし空気は読めるけど一言二言多くて台無しにするタイプ、

    こんなイメージかな、個人的には。
    2人とも凄い出来物だと思うんだけどねぇ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    直江山城はこんな治部と上野の話を家康みたくしっかり聞いてるんだよな…。


    ある意味怪物だと思うわ。

  3. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    >米1
    んで、>822にある関ヶ原後の問答とか見てると皮肉っぽくも思えるけど実際は治部がかなり率直に、上野介へ己の企図するところを語った話なわけで。
    敵味方に分かれてそれぞれ仰ぐ主君が違っただけで、お互いの才覚力量は十分認め合ってるようにも読めるんだよねw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    正純も三成に関しても。俗に「エリートや頭の良い人は人使いが下手」とも言われて居るし、そう言った事で割を食ってる感も有る。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>※3
    同じ勢力にいたら、憎まれ口が挨拶代わりの喧嘩友達だったりしてw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    丁度昨日読んだ、海音寺潮五郎の「列藩騒動録」宇都宮騒動の項に載ってたね。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    うわぁ、ウチのカーチャンといっしょじゃねーか。

    肝心なことが伝わらなくて困るんだよね。

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