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左甚五郎その3:甚五郎と龍神

2010年06月20日 00:02

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 17:59:08 ID:fASr5E8P

現在の埼玉県さいたま市。見沼と呼ばれる大きな沼があった。
その沼には龍神が棲んでおり、大雨の度に龍神は沼で大暴れをして付近の住民を困
らせていたという。

そんな時に見沼を通りかかったのが日光帰りの左甚五郎。
近くの国昌寺に宿を取っていた甚五郎は話を聞くと、「任せとけ!」と言って一体
の龍を彫り始める。

やがて、見事な出来栄えの木彫りの龍が一体、村人達の前に引き出された。

「コレは見沼の龍神を彫り上げた物だ。真に見事な彫刻には魂が宿ると言う。つま
り、この彫刻には見沼の龍神の魂が宿っているってコトだっ!」

そう言うと甚五郎は龍の頭に釘を打ち、国昌寺の山門に据え付けた。
半信半疑の住人達だったが、それ以来見沼の龍が一帯を荒らすコトはなくなったと
言う。

しかしコレには後日譚がある。
ある時国昌寺の檀家が亡くなり、葬儀が執り行われた。
棺を担いで例の山門を潜った所、突然棺が軽くなってしまったのだ。

担ぎ手を務めていた遺族は不審に思い、棺の中を改めると、もぬけの殻。
つい先刻まで確かに遺体はあったし、担いでいた棺は重かったのに……

甚五郎によって封じ込められた龍神に取って喰われてしまったのだ、と言われ、そ
れ以来国昌寺の山門は誰も通れないよう、開かれなくなったという。

現在でもこの山門は特定の日以外には開かれないと言う。




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