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山田有栄「さて、かの退き口のこと」

2010年06月26日 00:02

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/25(金) 11:01:15 ID:kiHVykoh
>>410から時は流れ、多くの人に支えられながら一命を拾った島津義弘はもちろん、その子である忠恒も既に亡く、
二代藩主・光久の治世となっていた明暦のころ。
江戸に出ることになった光久の嫡子・綱久は、薩摩阿久根港から本州に向かう船を待っていたが、
阿久根に程近い出水の地頭のことを思い出し、関ヶ原の話など聞こうと召し寄せた。

齢八十にならんとする山田有栄は、
「この年になると、目も良く開きませんでな。」と、瞼を指で押し開いて綱久一行を見回すと、言葉を続けた。

「さて、かの退き口のこと、残らずお話しいたしましょう。



・・が、それには若殿はじめ皆様、三日ばかり絶食していただけますか?今の有様では、とても話せませんな。」

そう言って、また瞼を指で押し開いて綱久らを見回した。ここでようやく一同は、有栄が何を見ているかに気づいた。
有栄は、綱久の近習たちの着物を見ていた。粗末な木綿の裃を着た有栄に対し、近習たちは
絹の羽織を着ていたのだ。

「食うや食わずで逃げた先祖の苦難も忘れ、贅沢にふける小僧どもに、中馬大蔵が絶句するほどの話を語れるか!」
と言ったところであろうか。綱久はじめ若者たちは、言葉もなく恥じ入ったという。




948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/26(土) 01:19:20 ID:58srF2uq
>>943
ほぉ、黄金の鞘の人は長生きしたんだな
この人はもうちょっと早く生まれておけばデ新納さん以上の大物になった気がするわ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    深イイ…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    日本史上屈指の凄絶な退き口だしな・・・

  3. 人間七七四年 | URL | -

    苦労を知らずに育った人間から、苦労の末今が有る人に対して「あの時の話聞かせてよ」と言われれば、そりゃ「苦労も知らずに」と思う所もあるだろうね。

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