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真の武士とは

2010年07月06日 00:01

56 名前:真の武士とは 1/2[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 10:51:14 ID:IX9IBn7l
結城秀康の重臣、狛伊勢守孝澄の嫡男が鎧着初めの儀式を行うことになった。孝澄は家中で武名の高い阿閉掃部に
着付け親を頼み、同僚も隣家の主人も裏の隠居も向いの女房もみんな呼んで祝宴を開き、大々的に儀式を行なった。

着付けが無事に終わり、祝宴の席で孝澄は掃部に、一つ頼みごとをした。

「今日は誠にかたじけない。ついでと言っては何だが、愚息への教訓に、『真の武士』たるお主の武辺話など語って
もらえぬだろうか?」
「いやいや、拙者以上に見事な武者振りを遂げた者など何人もおり、拙者にその呼び名はふさわしうはござらん。
が、祝いの席で断るも無粋ゆえ、拙者の戦場往来のうち、最も『真の武士』の名にふさわしい者のことを話しましょう。
そう、あれは賤ヶ岳の戦の折・・
=================================================

賤ヶ岳の戦いに参戦した阿閉掃部が、余呉湖の湖畔で馬を進めていると、
「おぉ―――――い!!」
はるか後ろから声をかけて来た男がいた。敵であった。掃部は馬を返し、歩みを止めた。

「やぁ、止まってくれた。有難い!実はな、今朝からずーっと、一稼ぎせんと戦っておるが、会う敵は雑兵ばかり。
良き敵を探しておったところで、貴殿を見かけた。不肖この身とお相手いただき、わしの手柄になってくれたら幸いだ。」
「おぅ、望むところよ!」

二人が距離を取り、ぶつかり合おうとした時、男が大声を上げた。
「待った!!わしは今朝から雑兵ばかり突いて、槍が血で汚れておる。これでは貴殿に失礼だ。しばらく待たれよ。」
男は掃部に背を向け、余呉湖の水辺に槍を浸すと、念入りに洗った。
「お待たせした、いざ!」 「・・うむ!!」

57 名前:真の武士とは 2/2[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 10:52:25 ID:IX9IBn7l
掃部と男は阿修羅の如く、激しく渡り合ったが勝負はつかず、やがて日も暮れ、男が再び声をかけて来た。

「もはや槍先も良く見えん。偶然、槍が当たって勝っても手柄とは言えぬ。勝負は、ここまでとしよう。」
「よかろう。貴殿の名は?」
「わしの名は、青木新兵衛。」「拙者は、阿閉掃部。では、さらばだ。次の戦場では・・」
「うむ、他人にかかわらず、再び貴殿と槍を合わせるべし。もしも味方同士となれば友とならん!!」

=================================================
・・敵を背後から襲える立場にありながら、声をかけた正々堂々たる姿勢。不敵な言葉をかけ、一戦を挑む余裕。
槍の汚れに気づく注意深さ。敵に後ろを見せながら、槍を洗う度胸。己の誇りを曲げず、手柄の機会を捨てる潔さ。
かの者、青木新兵衛ほど見事なる武士は、ついに見かけることは出来なんだ。今頃、どうしておるのか。」
「ふむ、新兵衛と言えば武の名門・上杉家にあっても手柄を立てた勇者。どこかに仕えて無名のハズは無いが・・」



「・・あの時、貴殿は黒の具足を着け、栗毛の馬に乗っておられたな。」
そう言って掃部の前に進み出たのは、裏の隠居・方斎老人だった。「おお、まさしく!では、貴殿が・・・・」

「うむ。もはや老いぼれ、世に出ることもあるまいと気楽な隠居の身よ。だが貴殿がそこまで、わしを買ってくれていた
とあっては、名乗り出ぬわけにも行くまい。このジジイが、新兵衛にござるよ。幻滅させてしまったかの?」
「とんでもない!やはり、貴殿が、貴殿こそが『真の武士』・・・・」

青木方斎の名は国中に高くなり、秀康は武士の手本とするべく、辞退する方斎に強いて、掃部と同額の高禄で召抱えた。




58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 11:46:59 ID:SvVnH6cH
グッときた。

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 12:08:48 ID:FMuqBlq7
いかにも結城秀康の家らしい逸話って感じ

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 15:30:18 ID:YKujBNJX
命の取り合いなのに、青春スポーツ漫画の一コマのようだ・・・・

61 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/07/05(月) 16:01:05 ID:iZN+CThn
命の殺り合いだからこそってこともあるんだろうな~
まぁ、名を惜しむからなんだろうが~

62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 18:31:08 ID:dVyVa2TB
こう、武士ってのは「潔く」って通りのお話だよな。
もし討っても「俺が討ったコイツは凄かった、敵として惜しかった」
討たれても「コイツに討たれたんじゃしょうがないよな」とか思えるのが最高。

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 18:33:37 ID:NlwqhCGD
正直、ここまで来ると「スポーツかよ!」とツッコミたくなって来るけどね

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 18:37:16 ID:ZXOaZrWM
これぞまさしく真剣勝負

……槍だけど

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 19:04:25 ID:Qs05bcoI
真剣勝負ってやっぱり江戸時代になってからの言葉なのかねぇ

66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 19:10:14 ID:O5dzooFn
>>65
多分明治以降

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 21:57:26 ID:DpvdXPxj
真剣が当たり前の時代にはわざわざ言わないだろうしなあ。
江戸期に道場剣術が流行ったレベルでも木剣や竹刀と対比しての真剣だったろうし。
本気で、ガチでという意味で真剣勝負と言うようになったのは
そんだけ真剣での立ち会いが当たり前じゃなくなったってことだから廃刀令の後くらいでもおかしくないね。
68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 00:11:54 ID:VnofGmXb
清々しい話だ。

でもなぜか清正の悪い逸話を思い出してしまった・・・・

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 17:24:04 ID:TtkTa3Q5
こういうのって相手の方も「武士は正々堂々としてなきゃ!」というポリシーに理解がないと成立しないから難しいよね

70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 18:28:08 ID:Cjzn9eGN
いつ死んでもおかしくないから
死んでも悔いが無い生き方がしたいんだろうね
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    割と流れ人生なのに、
    わざわざ名声コレクター秀康の城下に住んでいたのは、
    やはり召し抱えられ志望だったのでは?
    息子もいたらしいし。

  2. 御神楽 | URL | dvUYBDnY

    ちょっとウルッときた。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    槍先洗ってる間に、後から突くのかと思った俺は駄目人間だな...

  4. 人間七七四年 | URL | -

    これはいい話
    しかし青木さんの「上杉にあっても手柄をたてた」というのは、上杉家中にいたんじゃなくて、上杉と戦っての手柄ということでいいんだろうか
    ということは元は柴田の人なのか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>※4
    佐久間盛政→中村一氏→蒲生氏郷→上杉景勝というのが新兵衛の経歴で
    上杉家にいた時、慶長出羽合戦で岡左内・永井善左衛門とともに武勇抜群とされた。

    上杉家の減封後に左内は蒲生家に高禄で帰参、善左衛門は秀康に雇われて槍奉行に
    なってるのに比べて、新兵衛は・・・まあ、そういう人だったんだろう。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    戦場で馬に乗った侍が、なぜか両者とも供回りを一人も連れない状態で出会い、
    しかも長時間の一騎打ちの最中、誰も邪魔が入らない・・・
    色々不自然な点はあるが・・

  7. 人間七七四年 | URL | -

    まさに「灯台下暗し」。お話自体はとても良い物でしたね。
    でも、お隣さん何だから気付けよw


  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    ああ、そういう経歴だったのか。サンクス
    しかし佐久間の人だったのか
    賤ヶ岳のとき激戦区っぽいのに、あまり敵のいない方面もあったのか

  9. 黙示録774年 | URL | -

    呼び止めた相手がわざわざ自分の勝負にのってくれるとわかった時、あえて自ら背中をさらすのがニクイw

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