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陶晴賢には、前々からの不満があった。

2010年07月21日 00:00

988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 02:38:56 ID:gIG/NoYJ

乙です。埋めがわりに


天文20年(1551)、大寧寺の変で主君、大内義隆を討ち取った陶晴賢には、前々からの
ひとつの不満があった。
瀬戸内の海上交易についてである。

何故に海賊たちに、自由に通行料を取らさねばならないのか。
これがなければ瀬戸内の交易は、間違いなくもっと栄えるのである。
現に前々から堺の商人たちも、この通行料についての不満を言って来ていた。

大内氏は海賊の既得権を認めてきた。だが、今やこの地域の支配者は自分である。
今こそこの長年の懸案を解決する、チャンスではないか。

陶晴賢は宣言した

『我々はその支配する海域において、商船が「煩い無く往来」することを保証する!
海賊たちが持っていた通行料徴収の権利は「謂れ無き事」であるので、これを廃止する!』

陶晴賢は能島村上氏などの瀬戸内海賊による海の支配を否定し、瀬戸内海水運の
直接掌握にとりかかったのだ。豊臣秀吉の海賊停止令に先立つ、35年前のことである。
この政策が上手くいっていれば、戦国の瀬戸内の風景は、大きく変わっていただろう。
…が

瀬戸内海賊最大の勢力、能島村上氏はこれに多いに反発。
陶晴賢との対決を決めた毛利元就に味方し、厳島合戦において彼の勝利を大いに助けた。

陶を滅ぼした後、毛利は村上水軍に当然のごとく、その権益を完全に保証した。


陶晴賢による、速すぎた政策に関する話である。




989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 03:15:13 ID:yPFAxmM1
あらら・・・そりゃ村上水軍も毛利に味方しちゃうよな。

990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 07:09:03 ID:OR5SM7ma
謀叛後の晴賢ちゃんは生き急ぎすぎ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    管ちゃんの消費税マニフェストと一緒だなw

  2. 御神楽 | URL | -

     少なくとも、毛利は味方として取り込んでおくべきだったな。
     巨大な既得権益を潰す時は、味方は多い方が良いんだから。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >1さん
    あんなのと一緒にしちゃ失礼だよ!wあれは自滅って言うんだ。

    これは急ぎ過ぎた政策ですね。秀吉は全国の大名を支配下に置いての政策だし。
    これは地方の大名の単独政策だから大兵力の後ろ盾が無ければそりゃ無視するよ。




  4. 人間七七四年 | URL | -

    >3さん
    晴賢だって大大名大内家の実権を握っているわけだから十分な後ろ盾は有った、少なくとも本人はそう信じて決行した改革だったのでは。
    しかし2さんの言う通り事前に毛利を味方につけるか、でなければ両者が手を組む前に毛利を潰しておいてから実行すべきだったと思う。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >4さん
    大大名の大内家は周防の小役人のころ(源平合戦の頃)から海賊たちの既得権を認めて数万寛単位の上納金を得ていた。
    つながりは深く家臣団にもうまい汁を吸ってるのもいたからあまり後ろ盾としては役に立たなかったのでしょうね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    この手の海賊討伐はどこの国でも大仕事だよね。
    安定期の古代ローマですら10年単位の時間に膨大な兵力・予算そして名将の指揮でもってようやく成功したような難事業だから。
    乱世に地方の一大名で出来る事業じゃない

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