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ああ勘違い

2010年07月29日 00:00

223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 18:29:44 ID:e8vsQOCX
ああ勘違い

1632年に幕府から「亀山城の天守閣を破却せよ」との命令を受けた堀尾忠晴は、さっそく亀山城天守閣を取り
壊しに取り掛かった。

さっそく幕府の奉行が天守閣の解体の検分に来たが、亀山城の天守閣は巍然とそびえ立ったままである。
奉行「忠晴殿には亀山城の天守閣の取り壊しを命じたはずだが、これはどういうことござるか?」
忠晴「おそれながら、幕府の命令通りに『伊勢』亀山城の天守閣はとどこおりなく取り壊しておりまする。」
奉行「・・・。忠晴殿に命じたのは『丹波』亀山城の天守閣の取り壊しであるぞ。」
忠晴「・・・。これは粗忽なことをいたしましたな。」

忠晴は勘違いに気づいて急いで解体工事を中止したが、伊勢亀山城の三層の天守閣はがれきの山と化していた。
天守閣を破壊された伊勢亀山藩主:三宅康盛は、当時江戸在府であったため全く気付かなかったのであろうか。
その後伊勢亀山城に天守閣が築かれることはなかったという。




224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 18:39:26 ID:nApKwByj
堀尾忠晴「うっかりうっかり」
奉行「うっかりうっかり」

三宅康盛「…」

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 18:55:33 ID:O7Gtyvmn
やっぱり泣き寝入り?三宅さん

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 19:01:27 ID:2NoT4d4m
そもそも、当時の伊勢亀山藩は1.2万石の小大名でどう考えても城主格の大名ではない
規模なんだよなぁ。天守を維持するのも大変だったんじゃないかな。


227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 19:03:50 ID:QafM9W0p
>>226
ならば無くなって良かったんじゃねぇの、これ。

維持費的な意味で。

228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 19:09:00 ID:O7Gtyvmn
破却費用も人件費も、堀尾持ちか?後で請求されたら、泣けるかも知れない

232 名前:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM [] 投稿日:2010/07/28(水) 20:13:37 ID:lcOg1c1H
>>223
知らんかった。オレにとっては最高に悪い話として記憶させてもらう。

233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 20:57:45 ID:vZAwLBJ5
秀忠「計画通り(ニヤリ)」

234 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 21:10:53 ID:2NoT4d4m
>>227
とはいえ、面子のために沼田藩では実高3万石を14.4万石と申告し、
沼田城に五層の大天守を建てたわけで。

ちなみに、天守が取り壊された4年後に三宅康盛は挙母1.2万石に転封、
というか出戻り。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    確かこの話の説に、伊勢亀山に天守は不都合だからと言う事で「間違った振り」で破却したと言うのが有ったね。
    ま・天守なんてあっても金が掛るだけだし、館の方が良いよwww

  2. 人間七七四年 | URL | -

    帰ったら城がなくなっていました、かよ…悪い話すぎる…

    まあ財政的には助かったんだろうけど、居城の天守が間違いで壊されましたって
    面子的にはどうだったんだろうね。確か伊勢亀山って将軍家の宿所だったはずだし…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ちなみに跡地は多聞櫓になって、現存してたり。
    3年ばかり前に地震で石垣の一部が崩れたりはしたけど。

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